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さて、企画屋の「はしくれ」として、いつかlogしておきたかった、今回の復興についての記事。
未曾有の危機的状況からどうやって日本を復興するのか。
復興という言い方がいいのか。それとも再生なのか。復活なのか。誕生なのか。
そのはじめの「定義」が、皆のモチベーションを左右するという点で、
非常に大切だと想っています。

弊社も今回の震災で痛手を負いましたが、即致命的ではなかったために、かえって非常に不味い「中途半端な危機感」しかもてなかったのではないかと危惧しています。
先ずは「目に見える状況の復活」。それに中途半端に時間がかかったものだから、その間に大きな・・・将来的な危険の察知を忘れてしまう。
6月ショックとか8月ショックとか言われていますが、「そんなものより先ず目先だ」という議論が先行し、それにリソースが割かれ、2:8理論でいう「2」の部分の人たちが疲弊し、そして結果的にまともなリスクアセスメントも無しに危機を迎えてしまう。そんな状況だけは避けたい、という企画屋としての最低限のプライドはあるのですが・・・

本音からいえば、これを機会に、ストックポイントや流通そのものの見直し、今まで見てきた川上・川下産業のまた更に川上・川下までの可視化を含めたコントロール体制構築といった、サプライチェーンそのもの見直しから、従来から歴史的についてしまった脂肪分・・・いわゆる「ぜい肉」のそぎ落とし・・・危機的状況が共有化されているからこそできる抜本的且つ徹底的なリストラ、組織編成の見直し、そしてそれらをITと絡めた抜本的な自動化・可視化によって、コントロール可能な運用体制を作りたい、というところですが、もちろん費用、リソース、何より危機感と抵抗勢力という点から、実現できないのが現状です。

「のどもと過ぎれば・・」とはよく言ったもので、やけどしそうな熱いものをやっと飲み込んだといって安心していたら、頭の上にグラグラ煮立った鍋が今にも落ちそうな状況であることを忘れていた・・・それがなかなか落ちないものだから、危機感に慣れてしまい安心してしまう。そういう状況であるという認識が、なかなかもてないのも現状の悲しさではあります。

で、日本の話に戻りますと、非常に興味深い記事がありました。中心型首都機能論から脱するべきという記事です。

脱中心型首都機能論とは何か? - 京極 真
配信元:アゴラ編集部


1.再燃する首都機能移転論
東日本大震災は、一旦幕引きされかけた首都機能移転論に再び灯をともすことになった。国土のわずか0.6%に首都機能を集中させる現行方式のリスクが、東日本大震災によって顕在化したためである。

超党派の「危機管理都市推進議員連盟(NEMIC)」は、首都・東京が大災害やテロなどによって機能不全に陥った場合に、代替機能の役割を担う「副首都」 建設にむけて検討をはじめている。首都・東京をバックアップできる副首都を複数用意することにより、首都機能一極集中型よりもリスクヘッジできるようにし ようというのだ。

2.首都機能
一極集中型と首都機能バックアップ型は同じ穴の狢である 筆者は首都機能一極集中型も、今回NEMICが進める首都機能バックアップ型も、国家的危機管理という観点からみれば同じ穴の狢ではないか、と考えてい る。というのも、両者ともに首都機能の中心を担う都市が想定されているという点で同型の首都機能のあり方だからである。
首 都機能一極集中型は、特定の都市にほとんどすべてが集まるため、リスクヘッジという点では極めてまずい。おそらくこれは誰にでもわかることである。 一方、首都機能バックアップ型は、首都と複数の副首都がデュアルに機能することになるため、一見すると首都機能一極集中型とは異なるように思われるかもし れない。

しかしこれは、複数の副首都の一番の土台にメインの首都があり、それに乗りかかるかたちで副首都がバックアップとして機能することになるため、つまるとこ ろ首都機能一極集中型と何らかわるところがないのである。つまり、首都機能バックアップ型は、特定の都市が首都を担うという点で首都機能一極集中型と同型 なのだ。

そのため、首都機能一極集中型と首都機能バックアップ型は、中心にある都市が大災害やテロで機能不全に陥ってしまえば、いずれにしても日本全体が大混乱に 陥る事態を回避できないと考えられる。僕はこのような、首都機能が特定の都市に依存した議論を指して「中心型首都機能論」と呼んでいる。

3.首都機能移転論の成立条件
ここにきて首都機能移転論が再燃した理由は、国家的危機管理が根本モチーフである。つまり、首都が大災害やテロなどに見舞われても、日本全体が機能不全に陥らないようにするにはどうすればいいか、という切実な問いが、首都機能移転論再燃のドライバであったと言える。

こうしたモチーフに届く首都機能は、(1)特定の都市に首都の中心を置かないこと、そして(2)首都機能の一部が麻痺しても他のところで相補的なネット ワークが形成されること、の2つの条件を満たしている必要があると考えられる。なぜなら、この2条件が満たされることによって、一部で機能不全が長じても 多方向から代替機能が働き、日本全体で機能不全に陥る事態を避ける可能性が担保されるためだ。

たとえるなら、インターネットのようなシステムとして首都機能を再編させることが、国家的危機管理というモチーフに届きうる可能性の方法だと考えられるのである。筆者はこのような首都機能の考え方を指して「脱中心型首都機能論」と呼んでいる。

4.脱中心型首都機能論のすすめ
脱中心型首都機能論の特長は、首都機能を複数の地域に分散させるものの、特定の地域で特定の機能を担わないと考える点にある。それでは、特定の機能が中心 性を帯びてしまい、そこがやられてしまえば他の代替機能が働かないためだ。 そうではなく、脱中心型首都機能論では、日頃から複数の地域が連立的なかたちで業務にあたると考えることになる。つまり、複数の地域で首都機能が併存する 関係性のなかに、首都機能の全体像を見るのである。

たとえるなら、インターネット様の首都機能を実質化するのだ。 この発想では、首都機能の一元化が打消されるぶん、政治や行政の無駄を生み出すのではないか、あるいは経済活動が非効率になるのではないか、という疑問を 持たせるかもしれない。そうした問題は国民ID制度の導入と情報のクラウド化によって技術的に回避できるのではなかろうか。

国民ID制度の導入は、平時であれば国民の理解を得られにくいだろうが、東日本大震災によって国家的危機管理という問題意識を共有しやすいと考えられるた め、その文脈から導入を進めていける可能性があると思われる。また、国家情報のクラウド化はITの発展によって実現できる見通しは立つはずである。

もちろん、情報漏洩の問題は残るものの、「尖閣ビデオ」の流出さわぎにみられるように、クラウド化されていなくても漏れるものは漏れるのである。

この他にも脱中心型首都機能論には、それにかかる費用などの問題は残る。しかし、国家的危機管理という観点からみれば、首都機能一極集中型や首都機能バッ クアップ型よりも優れた点があると考えられる。東日本大震災の教訓を活かすためにも、首都機能移転論の熟議を期待したい。

(京極真 吉備国際大学大学院保健科学研究科准教授)



まったくその通り。しかし、効率を考えるとどうしてもある一定の中心部が必要になることも確か。
理想論でしかありませんが、たとえば福岡、広島、大阪、愛知、石川、東京、北海道、そして宮城県。それらがそれぞれ首都機能に近い機能を有する。現在でも同じように各地域の中心都市ではありますが、更に首都機能に近くなるようにする。特に宮城は、まったく新しい形の都市のあり方を問われることになるでしょう。衛星写真で見たら全く異なる様相になるくらいに。

道州制導入、という記事もあります。

今こそ道州制の導入を - 松本徹三
配信元:アゴラ編集部


残念ながら今回の経済不況の根は深く、どんな施策を講じてみても簡単には脱出は不可能ではないかと思われます。日本では、更に悪いことに、指導者不在、政治不信がこれに重なり、心理的にも閉塞感が継続しそうです。こういう時には、とにかく何か新機軸を打ち出し、多くの国民に「変革への期待」を与えることが必要です。
私は、長い間議論されては来たものの、このところ一向に進展が見られていない「地方分権の促進(道州制の導入)」が、この目的のための格好のテーマになると思っています。

先ず、現在の不況の克服には、「内需拡大」しか手がありません。輸出市場の回復は日本だけの力ではどうしようもないからです。内需拡大の決め手の一つとして期待できることに、「中高年層の潜在需要の開拓」と「地方の活性化」がありますが、前者にとっての必須条件である「社会保険制度への信頼回復」も、後者にとっての必須条件である「地方分権の促進」も、共に政治の力によって実現が可能です。(逆に言えば、「強い政治力」によってしか実現できないものです。)経済界が手詰まりでどうにも動けず、折角「政治」に出番が回ってきたのに、政治家が今このテーマに真剣に取り組まないとすれば、一体他の何をしようというのでしょうか?

前者についての議論は別の機会に譲るとして、ここでは後者について考えてみたいと思います。

道州制が導入され、大きな権限を持った新しい州知事の選挙が行われれば、国民はこれに注視します。選ばれた新しい知事は、他の知事と競い合って、それぞれの州の目覚しい発展を目論むでしょうから、さまざまなアイデアが開花し、さまざまな経済効果を生み出すでしょう。施策次第によっては、東京で職を失った人達の故郷へのUターンも促進されるかもしれません。

私は、昨年11月7日付のブログ「アメリカ大統領選に思う」で、「首相公選」によって、米国の大統領選挙に見られたような熱気を日本にも創り出すべきだという趣旨のことを申し上げましたが、勿論、その早期実現が難しいことも分かっています。しかし、州知事の場合は初めから直接選挙ですし、ここで実績を上げ、国民レベルでの人気を得た人が、将来の首相候補となることも大いにありうるわけですから、道州制の知事選挙は、将来の「首相公選」への実験的な第一歩と位置づけることも出来るでしょう。

日本は「東京への一極集中」が極端な国です。もともとが「合州国」である米国は勿論、英国とフランス以外の欧州の各国は、ドイツを典型例として、もっと各都市が競い合っています。日本が「東京一極集中」になったのは、中央の官僚が力を持ちすぎたことにその一因があると思われ、この点は日本同様に官僚の力が強いフランスの「パリ一極集中」に同類項を見ることが出来ますが、現在のEUが「パリ一極集中」になることは金輪際ありえません。そのことを考えるにつけても、日本の道州制を考える時には、思い切って「EUに範を求める」位の変革を考えるべきかもしれません。

「今こそ過激な改革をやらねば、『十年河清を待つ』ことになりかねず、日本の国際的競争力強化の可能性はますます遠のく」という強い危機感から、私は、ここで一つの「超過激な提案」をしてみたいと思います。それは、道州制の導入だけにとどまらず、更にもう一歩踏み込んで、「省庁の分散」を行うことです。

「首都移転」論者は、この際、ワシントンやキャンベラやオタワやブラジリアのように、全ての首都機能を新首都に移してしまえばよいではないかと言うかもしれませんが、これで喜ぶのは土木建設業者ぐらいで、仕掛けが大きいだけ副作用も大きくなる割には、「首都移転」のもたらす長期的効果には疑問が残ります。各企業は、場所は変わっても、相変わらず「官庁や政治家の事務所に詣でる」のをやめることはなく、結局は「場所を移動する」ことに要する時間や経費の無駄使いが増えるだけのことになるのではないでしょうか。

それよりもやるべきは、「各省庁が、電子的な遠隔面談、遠隔会議以外の全ての面談や会議をやめる」ことです。つまり、各省庁は正面の玄関口を廃止し、訪問者は誰も建物の中に入れないことにすれば、官庁の所在地が何処であれ、「官庁詣で」は一切なくなります。

民間企業が官僚と折衝するのは勿論、政治家が官僚の「ご進講」を受けたり、官僚が政治家に「根回し」をしたりするのも、全て電子的な手段によるしかない(従って、当然記録が残される)ということになれば、全ての政策の起案と実行のプロセスが、完全な透明性を保証されることになります。多くの政治家が「不便である」といって難色を示すでしょうが、背中をさすったり、肩を抱いたりする以外は、映像と音声で全ての仕事はこなせるはずなのですから、「『永久に人に知られることのない』ことが保証された『密室』でなければ話が出来ない」ということがない限りは、そもそも「これで不便になる」ということはないはずです。

その結果として、各公官庁が、例えば「東京周辺100キロ圏内の諸中小都市」に分散され、地方都市の活性化をもたらすことなども可能になるでしょうが、こんなことは比較的小さな付随効果に過ぎないでしょう。長年続いてきた「政治家と官僚との関係」を抜本的に変えることこそ、日本の行政と立法のあり方に大きな変革のインパクトを与え、新しい活力を日本全体に与えることになるでしょう。

ここまで考える政治家が何故今出てこないのでしょうか? こういう政治家が出てきてこそ、初めて国民はこぞって喝采を送り、国民の心が一つにまとまって、未曾有の経済危機を克服するベースが作られるのだと、私は思います。



私はこの意見にとても賛成です。道州制というより、上記の如く、各地の中心都市の機能と役割を明確化し、一極集中をなくすこと、これが新しいグランドデザインではないかと考えます。

内容は違えど、均一か集中化、という内容の記事がありました。

「日本の救いはグローバルスタンダードから最も遠いところにあった」震災で露呈した均一化と集中に頼る国づくりの限界――浜矩子・同志社大学大学院教授に聞く
配信元:ダイアモンドオンライン


「均一化」と「集中」。戦後日本の国づくりの特徴を端的に概念化するならば、この二つの言葉に収斂されるだろう。それは、戦後の焼け野原からの復 興、そしてその後の経済成長を支えた“二輪”の概念である。しかし、3月11日に東日本を襲った未曽有の震災と、いまだ出口の見えない福島原発震災は、均一化と集中に依存するこの国のあり方が危機に対していかに脆いかという現実をわれわれに突きつけた。
 大きければ強く効率的であるという均一化の論理のもとに組み立てられたものの多くは、今回の震災で、あっけなく崩れ落ちた。物流システムは各所で機能不全に陥り、大手スーパーチェーンや大手コンビニチェーンはちょっとしたパニック的な購買行動や買い溜めによって食料品や日用品の不足どころか枯渇に 陥った。 富と都市機能は東京圏に寄せ集めるという集中は、福島原発事故を機に深刻な電力不足問題を引き起こし、交通インフラの大混乱を招いた。
 私は今、声を大にして提唱したい。均一化ではなく「多様化」、集中ではなく「分散」こそが、復興、いや日本の新興を論じるときの新たな二輪になるべきだ、と。
 大手スーパーやコンビニにモノがないとき、救いの手はどこにあったか。それは、グローバルスタンダードとは無縁なところで生真面目に営んでいた零細個人商店にあった。前世紀の遺物と揶揄されていた、存在を忘れられつつあった零細でローカルなお店に、懐中電灯や乾電池、水やティッシュペーパー、パン はあった。グローバルスタンダードの常識からは最も遠いところで、救いは発見できたのである。

われわれは、こう信じていた。グローバルジャングルの中で日々運営されている日本経済においては、強いものと大きなもののみが勝ち残っていく、そし て日本の(成長の)ためにもそうあるべきだ、と。また、現代はグローバルスタンダードへの収斂の時代であり、均一化と集中のグローバルスタンダードに早く準拠した姿・形を整えないと、落伍してしまう、と。
 しかし、現実にはとうの昔にそのような論理は、時代に合わなくなっていたのではないか。
 世界経済に目を向けても、対外債務国と債権国に色分けされた集中は、債務国の財政危機を顕在化させ、いま是正を余儀なくされている。人・モノ・カ ネはなかんずく国境を超えるのだから、債権と債務がどこかに集中していても、どんぶり勘定の世界ではゼロであるがゆえに問題ない、それがグローバル時代だ という論理には無理があった。メタボなキリギリスを蟻たちは支えきれない。世界各所で国家の財政危機リスクが増大している。
 いうまでもなく、この変化は、震災前から見えていたものだ。しかし、戦後復興の成功体験を引きずる中で、日本はグローバルスタンダードへの追随という無定見のうえに胡坐をかき、変化を避けていたのではないか。すでに均一化と集中で成長を目指すモデルから卒業した経済になっていながら、思考を停止していなかったか。戦後初の選挙による政権交代が実現し、新たに国家運営の任を負った民主党の新成長戦略には当初期待が寄せられたが、ふたを開けてみれば、 従来どおり、均一化と集中の発想で描かれたものにすぎなかった。 
 むろん、私も成長や競争の意義を否定しているわけではない。すべてがローカル・零細でないとダメなどと言っているわけでもない。ただ、今、日本人が考慮すべきは、小さいものは小さいものなりに、弱いものは弱いものなりに、強大なるものは強大なるものなりに、日本経済という生態系、グローバルジャングルという生態系の中で、厳然たる役割があるということだと思う。普段は大きなものが大きな顔をしていてよいが、一方で小さくて弱いものも脈々としっかりと役割を果たしている、そのいうなれば共存共栄の生態系の底力、重要性を軽視することの恐ろしさは今回の震災を機に痛感できたはずだ。

 さて、復興である。われわれは、“復元”の方向にだけ進むことは避けるべきだ。復興を急ぎたいという気持ちは分かるが、急がば回れである。どんな姿を構築するかという落ち着いた検討が今こそ必要だ。もちろんライフラインの復元は喫緊の課題であり、最優先すべきだ。しかし、それ以外の点では、復元の 必要があるもの、新興すべきもの、廃棄すべきものをしっかりと仕分けする必要がある。ゆとりのない現状では大変な作業であることは承知しているが、どうしても復元しなければならないものと、そうでないものの仕分けぐらいはできるだろう。
 そのとき中央がすべてを決めていては、何も変わらない。復興のベクトルを示し、お金を集めて提供する役割は、国が集中的に担ってもいいが、あとは地元で使い途を考えるべきだ。地域社会という、いうなれば小宇宙の中で、大きく強いものと、小さくて弱いものが共存共栄できるパターンを描くべきだ。それに則って、使える金を上手に分かち合えばいい。
 先述した小売の世界を例に上げれば、大手スーパーが個人商店を次々と買収しその領域に浸食していくのではなく、場合によっては棲み分けを考えても よいのではないか。たとえば、大手スーパーで売っている商品はこれだが、違うものが欲しければあの店(個人商店)に行ってくれとネットワークをお互いに支え合う。強いものは弱いものを支えるが、弱いものも強いものを下支えする。各自治体はそれぞれの小宇宙にマッチしたモノを作っていくために、お金の使い途を考えればよい。
 私は、各々の自治体が自己完結的に活力と多様性と創造性を持った小宇宙となり、その集合体として日本経済が存在できれば、足腰のしっかりした国になると思う。これまでの論理で復元するためだけに補正予算を繰り返し組んでいくことが復興だということであるならば、ただでさえ財政状況の厳しい日本に降 り注がれる世界の目がいっそう厳しくなることは必定だ。そうなれば、今回の震災は“非日常”の出来事であるにもかかわらず、過度の円安や金利上昇を招き、 われわれの“日常”に侵食してくることだろう。それは亡国の道だ。
 世界を驚嘆させる新しい経済モデルの絵を描き、その財源を確保するためにあらんかぎりのクリエイティビティを発揮する必要がある。増税による税収 を償還財源の裏付けとする復興債のようなものも検討に値するだろうし、あるいいは突拍子もなく聞こえるかもしれないが、IMF(国際通貨基金)から復興計 画に絞って融資を受けるという可能性だって探ってみてもいいのではないか。また、復興紙幣については、私も基本は慎重な考えだが、これを機に、そのメリッ ト・デメリットを考えてみるのもいいだろう。
 ただし、繰り返すが、議論の大前提はあくまで単なる復元ではない日本新興計画の提示である。そこまでしてはじめて、日本は賢さの鏡となり、あらためて世界のお手本となる可能性を持てるはずだ。(談)



どういう形の日本が作られていくのか、無責任な言い方ではありますが、わかりません。
しかし、かつて見てきたSFの世界が現実になるかもしれません。個人的にはそうであってほしい。子供心に見たそのSFの世界は、少なくとも光り輝くものであったから。
攻殻機動隊で表現されていた日本、サマーウォーズで出てきたようなネットワークシステム中心の世の中。
これを機会に新しい日本ができてくることを心から祈りつつ、自分は自分の職務と責任を果たすことで、そんな新しい日本の誕生に貢献したいと想います。

そのRebirthへの道において、無くてはならないのが「信念」を持った「人」の存在と、それが生きる「場の設営」だと想います。
もちろん「お金」「時間」「モノ」という基本的なものはありますが、人がなければ間違った方向に進みます。
まるでこの間までブームになっていた幕末に近いことが、今まさに起ころうとしていますかね・・?
歴史に学ぶとはよく言ったもので、時代は違えど、マインドは同じなはずです。

「もはやすべての行きがかりをなげうって、入閣するほかない」
配信元:日経ビジネスオンライン


前略

「とにかく、一日たりとも国務を放棄しておくわけにはいかない。この惨状を目の前に見て、躊躇している場合ではない。山本さんにも、そう話して賛成 しておられるから、大蔵大臣を引き受けてもらいたい。日本銀行のことは、副総裁もおるし、他にも人はある。きみが大蔵大臣として指導すればよろしい。一刻 も躊躇しておるときではない。これから麻布のわが家に回って、話をしようじゃないか」
 車中と後藤邸での会談を経て、井上は蔵相への就任要請を受けた。
 午後5時、ようやく閣僚がそろう。摂政宮(のちの昭和天皇)が臨席して親任式が行われたのは午後7時40分。場所は赤坂離宮が選ばれた。建物のな かは危険だったので庭園の東屋「萩の茶屋」にテントを張った。電燈もないテントで、蝋燭の明かりを頼りに摂政宮から新閣僚に親任状が手渡された。ここに 「震災内閣」が誕生した。
 親任式を終えて麻布の自邸に戻った後藤は、母屋の二階奥の和室に籠もると巻紙と筆を手にして、墨痕鮮やかに「根本策」を書きつけた。


一、遷都をしてはならない

二、復興費には30億円が必要

三、欧米最新の都市計画を採用して、わが国にふさわしき新都を造営する

四、都市計画を実施するためには地主に対して断固たる態度をとる
 (過去において東京の地主は、街が改造された際にも公共の原則が求める犠牲を払わず、不当な利益を得ている)。


 後藤は、まず、遷都論を葬った。陸軍参謀本部の将校から「百年に一度、大地震が起きるといわれる東京を都とするのは国防上、地勢上よろしくない、 朝鮮半島京城の南の竜山、播州加古川、八王子付近を候補地として遷都すべき」との説が浮上していたが、遷都が政治、経済、文化に及ぼす影響、莫大なコスト を考えれば「空論にすぎぬ」と否定した。
 復興費30億円はいかにも巨額だ。震災が起きた年の国家予算は〈13億7千万円〉だった。国家予算の2倍でも足りない。井上蔵相は、どう反応するのか。
 三、の欧米型の新都造営とは「燃えない都市」を建設することだった。広い幅の道路を通し、火災が類焼する危険を断つ。公園を随所に配して災害時の 避難場所を確保する。建物は不燃のコンクリートや石、煉瓦を使って頑強にこしらえる……現代につながる「災害に強い街」が念頭にあった。
 こうした都市計画を実行するうえで、財源問題と並んでゆく手をはばむ壁になると予想されたのが、四番目の「地主」の存在だ。限られた都市内で道路 を広げ、公園をつくるには誰かが土地を提供しなければならない。各地主が共に一定の割合の土地を出し、区画を整えて道路を通し、宅地を定めて公園を開く。 安全な都市基盤ができれば、街に人が集まり、繁栄して地価が上がる。地価上昇で地主には大きな利益がころがりこむ。
 にもかかわらず、維新以降、東京の街が改造されるたびに一握りの大地主は何ら犠牲を払うことなく、不当な利益を得てきた、と後藤は思った。帝都復興においては断固たる態度で臨む、と力瘤をつくった。
 だが、この論法がはたして土地に執着する地主層に通じるのだろうか……。



そして、Wikipediaに関東大震災再開発事業についての興味深い記事があります。


こうして後藤は即ちに内務官僚に 復興計画策定を指示、あわせて復興組織づくりを進めたが、事業規模は当時の経済状況をかんがみて縮小され復興の組織や意志決定も後藤が思うようにはならな かった。当初の焼土買い上げという「大風呂敷」は実現せずに農地整序につかっていた区画整理が展開されることとなった。当初は帝都復興計画では30億円と いう予算を計上していたが、さらに財政事情を考慮し、最低これだけはというぎりぎりの案件約10億円の要求となった。復興計画審議のために設置された3つ の審議機関のうち帝都復興参与会と帝都復興協議会は無事通過するが、帝都復興審議会では大反対され、特別委員会での大幅縮小で決定、5億円強になり議会提 出の運びとなったが、それでも議会で復興予算費をさらに2割カットと復興院事務費の全額カットで予算修正、これを忍従して復興計画は確定された。どんどん 規模が縮小されていく帝都復興がようやく動き出した矢先こんどは翌年1月の虎ノ門事件を契機に山本内閣は総辞職し後藤自身も失脚することになる。
後藤新平の当初の構想までは実現しなかったが、現在の内堀通りや靖国通り、昭和通りなど都心・下町のすべての街路はこの復興事業によって整備されたもので、この東京の骨格は現在に至るまで変化していない。また震災による焼失区域1100万坪の全域に対する土地区画整理事業を断行する。区画整理は最終的に全体を66地区に分け、各整理委員会で侃々諤々の議論を行いながら事業が進められた。この結果密集市街地の裏宅地や畦道のまま市街化した地域は一掃され、いずれも幅4m以上の生活道路網が形成され、同時に上下水道とガス等の基盤も整備された。
そのほか東京市中の川に架かっていた橋も大部分が甚大な損傷を被り、このため大地震にも持ちこたえられる恒久的な橋を計画的に架ける必要が生じた。隅田川にいまなお震災復興橋梁として架かる橋は下流から順に、相生、永代、清洲、両国、蔵前、厩、駒形、吾妻、言問の9つの橋梁があり、震災で壊れなかった新大橋を加え、隅田川十橋と称されている。9つの橋のうち、両国、厩、吾妻の三橋は東京市が担当、残りの6つの橋は復興院(のち内務省復興局)が担当する。そのため内務省東京復興局に橋梁課が創設された。
設計に当たっては復興帝都にふさわしい意匠を成すために外国事例や画家や作家などの意見を聞くなどして、建築家野田俊彦の「全て同一形式」意見を一蹴。また建築家の協力が求められることとなり、当時の逓信省の営繕部局に勤務する建築家スタッフをスカウトして設計組織を形成していった。部長太田圓三や課長の田中豊はまず山田守を、続いて山田の推挙で山口文象を嘱託とする。山口は後に日本電力の嘱託技師となる。山田は聖橋等を担当。山口は数寄屋橋、清洲橋、八重洲橋を はじめ、数多くを手がける。復興局が手がけた橋の数は100以上といわれている。帝都の門たる第一橋梁の永代橋はアーチ橋とし、第二橋梁の清洲橋はライン 川にかかるケルンの吊橋をモデルとするやわらかさを感じさせる案を採用し、橋の博覧会ともいえるような状況が生じた。こうして隅田川の橋梁群は個々の橋が 多様なデザインを主張しながら、全体として都市景観に高いシンボル性をもたらすこととなる。作家永井荷風も随筆「深川の散歩」の中で、清洲橋からの隅田川の眺望を書き残している。




そして、上記のごとく様々な識者の存在も重要であるが、指導者・・・カリスマの存在も不可欠です。

歴史的国家危機に決死の覚悟で臨んだ最高指導者 「チャーチル元首相」と「菅首相」の決定的な違い
引用:ダイヤモンドオンライン


前略

ブレない主張、見事な洞察力、勇気で
国民の圧倒的な信頼を得たチャーチル元首相 報道によると、民主党内には菅首相をイギリスのチャーチル元首相になぞらえる向きもあるらしい。
 チャーチルは、ナチ・ヒトラーと対決して、挙国政権の首相となり、戦いを勝利に導いて英国を救い、世界を救った。「国家危機」と「挙国政権」をキーワードとすれば、チャーチルを思い浮かべることもわからないではない。しかし、肝心なところは全く違っている。
 チャーチルは、ヒトラーの台頭以来、その邪悪さを見抜き、10年の“はぐれ鳥”となることもいとわず、徹頭徹尾ナチとヒトラーを排撃し、英国民に妥協なき戦いを訴え続けてきた。
 一貫してブレない主張、見事な洞察力、孤立無援でも戦い続けた勇気。39年にヒトラーがポーランドに侵攻して、大戦が始まると、英国民はチャーチ ルの洞察の正しさを思い知らされる。そして、英国民と議会はこの“はぐれ鳥”に目を向け、翌40年にチャーチルを首相にして国家危機に臨む最高指導権を彼 に委ねたのだ。
 英国は、このとき、ほぼ完全なまでに一致結束していた。当時の国民的信頼からすれば、内閣支持率は優に90%を越えていただろう。
 チャーチルの指導のもとイギリスは1つになってヒトラーに立ち向かう。激しいロンドンの空爆にも耐え、最終的に勝利を手にしたのだ。
 国家危機を乗り切るためには、指導者に圧倒的な国民的信頼が不可欠であることを歴史は教えている。
 菅首相はむしろ、自分に資格と能力が不足していると感じてチャーチル登場の道を開いた前の首相、チェンバレンに学んでほしい。



そして人があつまれば、議論の場の設定が大事。自分も震災後に上司代理として数々の社内会議に出たが、有効性が高く建設的な議論がなされる会議にはお目にかかることができなかった。せめて自分の関係しているところについては実のある議論を続けたいと想います。

東日本大震災復興構想会議は要らない
配信元:ダイヤモンドオンライン


ダメ会社の会議に似ている
 五百旗頭真防衛大学校長を議長とする東日本大震災復興構想会議が発足し、4月14日に第1回目の会合が行われた。
 不謹慎かも知れないが、このニュースを見て最初に思ったのは、ダメな会社の会議に似ているということだった。経営が上手くいっていない会社、特に、社長が事業を把握して指示を出すことが出来ない会社は、しばしば、経営課題が発生するたびにこの課題に向けた「会議」や「委員会」を発足させる。
 たとえば、具体名は挙げないが日本の運用会社の場合、親会社である大手金融機関から、運用の仕事に詳しいとはとても言えない天下り社長が経営しているケースがしばしばある。運用会社の管理職社員は実のところ時間が余っている場合が多いという事情もあるのだが、この種の会社では、「運用」や「商品企画」、あるいは「リスク管理」といったテーマで次々と会議や委員会が発足し、多くの社員を巻き込む会議が行われることが多い。また、社長の声がけで、外部の専門家を講師に呼ぶ「勉強会」が行われることも多い。
 しかし、本来、経営者が社業を十分把握していれば、個々の社員の貴重な時間を多くの会議に費やすのではなく、プロフェッショナルな仕事に使わせるべきだ。経営者は、方針を提示すると共に必要な指示なり監督なりを行っていればいい。方針の決定や伝達の仕組みとして必要最小限の時間で会議を使うことはあってもいいが、会社に必要なのは、会議ではなく仕事だ。アイデアを募るために会議を行う、などというのは、経営者が機能していない会社の愚行だ。
 東日本大震災復興構想会議は、被災地から3名の県知事がメンバーに名を連ねているが、この他に、建築家、脚本家、学校校長、僧侶など雑多な分野からの識者が加わる合計15人が本会議のメンバーとなっている。
 復興構想会議は、何かを決定する会議なのか。それとも首相その他の「勉強会」的位置づけなのか。同会議が、そもそもどの程度の権限を持っていて、 何を決めるのかが曖昧である点からして、スタートから拙いと言わざるを得ないが、初回の会合から、原発問題を含めて議論するかどうかで異論が出たり、復興財源に関していきなり増税の話が出たりと、混乱した内容になった。

会議の設置を決めた4月11日付けの閣議決定では「活力ある日本の再生につながる復興構想を早期に取りまとめる」とあるように、この会議の結果を踏まえて、具体的な復興計画が策定される、という建て付けのようだ。そうでなければ、最大限に評価しても「ただの勉強会」の位置づけにすぎない。
 そして、6月末を目処に第一次の提言をまとめることが、初回の会合で確認された。
 これは、2ヶ月以上先のことであり、この会議があるせいで、復興事業の実施が2ヶ月も遅れかねないということではないだろうか。この会議自体が復興の早期実施を妨げる存在になりかねない。
権限と責任のある者が早く動け本来であれば、首相と重要閣僚、被災した自治体の知事が集まって重要方針を決めて、必要があれば関連法案を国会に提出し、さっそく復興事業に取りかかるべきだ。
 復興の方針をまず首相の責任で国民に示し、意見や批判を募り、被災地自治体の要望を聞いた上で、事業に取りかかったり、関連法案を提出したりすればいい。
 しかし、菅首相は、震災発生から1月以上たったこの期に及んでも、「野党にも(復興の)青写真を作る段階から参加していただきたい」(4月12日、記者会見)と呼びかけている。「青写真」は、先ず菅首相の責任の下で政府が示すべきなのだが、メンバーを集めて意見を募ることが自分の仕事だと思って いるようだ。仕事の分からない社長と同様の状態といえる。
 会議の提出資料を見ると、委員である達増拓也岩手県知事が提出した主に被災地の8自治体の県・道知事連名の「東日本大震災に係る要望書」という書類がある。
 千葉県や東京都といった震災被害に関連の深い自治体の意見が反映されていない点に不備があるが、被災地域からの要望は、既にある程度まとまっている。今は、政府が具体案を国民に問うべきタイミングだ。まとまりの無い会議を開いて、無駄な時間を費やすべきでない。
 尚、初回の会合にあって、敢えて注目点を挙げると、復興財源の資金調達に関する問題が挙げられよう。

五百旗頭議長が復興税の創設に言及して早速波紋を呼んだが、先の8知事の要望書には「必要な財源の確保のため、不足する国の財源は、日銀の国債引受により対処すべきこと」(要望書3ページ。「(2)特別立法による被災者生活再建支援の特例的基金の創設」の項)とある。
 重要な問題に関して、早速意見が割れているようだが(割れていること自体は構わないし、議論は大いに結構だ)、果たして、このメンバー達はこの問題について実のある議論が出来るのだろうか。
 この話題の一方の当事者でもある五百旗頭議長の手腕が興味深い。
資金を地方に、個人に 復興にあたっては、どこにどのような街を作り、どのように各種のインフラストラクチャーを構築するかについて、多くの意見があり、議論があり得る。しかし、煎じ詰めると、重要なのは、現地の人々の意思であり希望だろう。
 国との調整が必要なものや、自治体間の調整が必要なものもあるだろうが、基本的には、使える予算を自治体に渡して、何をするかは地方地方で決めたらいい。国は、「お金は出すし、協力は惜しまないが、口は出さない」優しいスポンサーのような存在になるべきだ。
 また、広範囲な被災者に対して、生活支援のための現金を早急に支給すべきだ。復興予算の一定割合(たとえば、3割程度)は被災者個人に支給すると 決めて、早急に部分的支払いを開始すべきではないだろうか。配分の決定が遅れて、善意で集まった義援金さえも支払われていない現状は動きが遅すぎる。
「地方分権」、「コンクリートから人へ」という民主党がかつて掲げた理念を、大災害の克服にあたって、もう一度思い出すべき時ではないだろうか。
 菅首相のなすべき事は、財源と権限を早急に然るべき当事者に配分することであって、中央政府で復興の青写真作りを抱え込んで政権の座に粘ることではない。



今回の未曾有の大惨事は、都市モデルの変革、都市と地方のあり方、人と人、モノとモノ、モノと人のつながりが大きく変わる機会です。
どういうタイミングでどういう風にリソースを集中し、どういう風に変革していくのか。普通の企業であればリーマンショックをはじめとして乗り越えてきた課題を、国全体が担うことになります。それももっと大きな規模で、そして「Point of No return」な状況で。

そしてスマートグリッドや再生可能エネルギーで原子力発電のすべてを置き換えることができなくても、電力供給の脆弱性回避のため、また新しい時代を築くため、国策として開発・事業化を急ぐことが肝要。今すぐにとはいわないけれど、国策として実施すべきです。原子力発電所の是非を問うより、科学の進歩・・・特に先進国として次の世代に何を引継ぐのか、という観点から、技術歴史論的な考え方も必要かと想います。すべて危険だからと否定しては、ガンダム、ドラえもん、鉄腕アトムもできないし、恒星間飛行もできない。

まぁもちろん、数百年単位での後の話でしょうけれど。

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2011.04.24 Sun l 仕事的な日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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