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リーダーシップについて、以前(大震災前)に書いた記事があります。
今回の震災で、四の五の言っても、やっぱりリーダーシップというものの意義を
まざまざと見せ付けられた気がします。

今回、様々な理由で自分の職制以上の会議体に参加する羽目になりましたが、
当事者意識の無い人の多さに愕然としたり、まさに下記に引用いたしますように、
「3つの選択肢」を真面目に考え、リスクアセスメントし、実行・誘導する人が
いったい何人いるのか・・・という気になりました。

今回引用させていただく記事は、数多く流れる情報の中のひとつかもしれませんが、
やはり企画という仕事と責任において、リーダーシップを発揮するリーダーのための道筋を
きちんとつける意識を持つ重要性を痛感いたしました。

とあるブログで、銀河英雄伝説というSF小説になぞらえて、平時・有事の際の立ち振る舞いについて書かれている方がいらっしゃいました。とても共感しました。(引用できるものならしたいくらいですが・・)


有事の際にリーダーシップを発揮できる人が、回りに何人いらっしゃいますか?


危機におけるトップのリーダーシップ・・非常時にリーダーはどう振る舞うべきか
早稲田大学ビジネススクール教授:内田和成
配信元:ダイヤモンドオンライン

 今回の大震災を契機に、危機におけるトップのリーダーシップについて考えてみた。

 その要諦は、

(1)現状の問題(目の前の問題)を解決する、併せて
(2)その先を見据えた手を打っておく

 に尽きるが、これがなかなか難しい。
 
 
この人なら町を再生できると感じさせるもの

 3月21日付の朝日新聞に掲載されていた南三陸町の佐藤仁町長のインタビュー記事には、今の緊急事態をどうしたら良いかについてこう書かれている。

 たとえば「物資はいくらあってもいい」とか、あるいは「避難所にいる人だけが困っているわけではなく、幸い自宅が無事で自宅にいられる人間も買い物に行けずに困っている点では避難民であるから保護する必要がある。そういう人に物資や食料が行くように配慮しないとだめである」。しかし、こうした受け答えは、ちょっと優れたリーダーなら出来るだろう。この後に言っていることがふるっている。

「ありがたいのは避難所ごとに自治組織が出来、そこでそれぞれのリーダーがいて自主的に行動してくれている。役所はそのサポート役で良い。これまで行政ではなく、住民全体で街作りをしてきたのでこういう人たちがうまくやってくれている」。これまで、彼がどんなリーダーシップを発揮してきたかが窺われる内容である。

 さらには「町の再生は難しい。それは津波に流された更地をもう一度区画整理しても、もう低地にすむのが嫌だと言って、そこに人が戻ってこなければ町は再生しない。道路や建物、インフラなどのハードの部分はお金をかければやれます。でも、こういう災害を受けて、なお、ここに住むかどうかという心の問題は、私たちではどうしようもないところがあります」、「町外、県外に出ようとする住民も出てくる。その受け入れ先も探さないといけない」。
 自分の町を出て行く人の世話まで見るというのは結構つらい話だが、彼はそれを自分の仕事として受け止めている。日本のリーダーは、日本には将来がないと出て行ってしまう人まで考えた国作りをやっているのだろかと、ふと思う。

 このように緊急時にあって、将来を見据えたことを考えられるリーダーはそうはいない。普通は目の前に起きたことにどう対処するかに精一杯で、後先考えずに行動してしまうからだ。

「起きてしまったことはしょうがない。この現実からは逃れられません。でも、後ろは向きたくない。私が前を見なかったら、町民の皆さんも前を見られない。前を見るしかないんです」と、インタビューを締めくくっている。感動したと同時に、彼がいるのなら、南三陸町は再生できると信じた。

さらなる悲劇を避けるための戦時のリーダーシップ

 この南三陸町の事例からもわかるように、危機それも単なる危機ではなく、人命に関わる、あるいは組織存亡の非常事態が生じたときに、リーダーがなすべきことは二つだ。まずは目の前の危機の解決、次にそれを解決したとして、その次にやって来る国(地方)や組織がどうあるべきかの青写真を描いておくことである。

 今回の大震災を振り返ってみても、まず最初に被害状況が把握できないことには何も始まらない。ところが、すべてが把握できてから動き出しては遅い。そのため、一報を受けた段階でいくつかのシナリオを想定し、どのシナリオにも通用する手は打っておくに越したことはない。その上で、まず見えているところから手を打ち始める。

 今回の震災で言えば、通信網が確保できて、道路が確保できるところには自衛隊車両や救援隊が送られる。一方でヘリコプターなどを使って、現状を把握すると同時に、助けられる人間を救助していく。
 
 しかし、いくらヘリコプターを飛ばしても、救える命に限りがあること、あるいはもう手遅れになっている地域があることもわかってくる。そうした刻一刻と変化する状況に応じて、リーダーは打ち手を変えていく必要があり、机上で立てた作戦やシナリオ通りに物事が進むことはない。

 これが一番如実に表れたのが、福島第一原発の事故である。ほとんど毎日のように新しい問題が発生する。ここではそれが隠されていたのか、あるいは他にもっと良い手段があったのかと言うことは議論しない。非常時には、予想もしないことが次々と起こるということである。

 たとえば今回の例で言えば、建屋が水素爆発したときには、東電トップも枝野幸男官房長官も心臓が飛び出るくらいにびっくりしたに違いない。それでも、解決策を見いだして、次々に手を繰り出していかなければならない。

 戦時と一緒である。躊躇したり、大きな間違えを犯せば一巻の終わりだ。真水を入れるのにどんな手段があるのか、あるいは思い切って海水を入れるべきか、どの原子炉を優先して処理すべきか、あるいは多少の空気を汚染させても原子炉の圧力容器爆発を防ぐべきか、などクリティカルな意思決定を次から次へと求められる。

 要するに目の前の火の粉を払わねばならないのだが、一つ鎮火すれば、また一つ新たな火種が生じ、それを消火していくことになる。問題を把握し、当面の解決策をとる。するとそれは収まってもまた新たな問題が発生し、それを解決していくという「もぐら叩き」を繰り返すわけだ。

 しかし、残念ながらこの作業を繰り返したところで、当面の課題が解決するだけで、国土の再生や経済の復活につながるわけではない。要は将来につながらないが、避けて通るとさらなる悲劇に見舞われるという難しい状況だ。まさに戦時のリーダーシップが求められる。

目の前の課題解決の先にある三つの選択肢

 一方で、リーダーとしては目の前の問題解決だけでなく、それを解決した先に何があるのかを見据えて、その将来像を描くという仕事が残っている。

 こういう大惨事に際して戦争を例に出すのは不謹慎かもしれないが、戦争で言えば、前者が軍人の仕事だ。戦いには勝たなくてはならない。負けは死を意味する。ところが、いくら戦に勝利しても国民に犠牲を強いすぎたり、経済が疲弊しすぎるようでは、国としての将来がない。そこを考えて国を導いていくのが後者になるわけだが、これは政治家の仕事だ。

 目の前の課題解決の先には何があるのかと言えば、大きく分けて3通りの選択肢あるいは可能性があると考えられる。

 1つは、今直面している課題を解決すれば、元の状態に戻るので、多少の時間と金は失われるが、また元の世界に戻るという楽観シナリオだ。ちょっとした災害程度であれば、これで済むかもしれないが、今回のような大震災ではあり得ないシナリオだろう。

 2つめは、元通りにはならないが、多少の傷跡あるいは損失は承知で、元のパラダイムに戻すというシナリオである。3つめは、せっかくの機会なのでゼロベースから新しい世界を作り直すというシナリオだ。一見3が良さそうだが、これには膨大な費用、すなわちお金がかかる上に、せっかく作った新しい仕組みがうまくいかないかもしれないリスクが存在する。

 この2と3のシナリオを今回の大震災に当てはめて考えてみると、たとえば津波被害に対して防潮堤を高くしたり、住宅地に高い建物を建てて避難所にするというのが2のシナリオで、もう低地には住まないという意思決定をして、高台に町ごと移す、あるいはよその地域に移住するというのが3のシナリオになる。しかし、これは第3者から見ると良い解に思えても、地元に住んでいる人から見れば難しい選択であろう。
 
 さらに、原子力発電について考えてみると、既にある原子力発電所の耐震構造を高めてより安全にするとか、津波を避ける仕掛けを厳重にするというのがシナリオ2になろう。一方で、原子力は危険だからと、すべての原子力発電所を廃止し、他の方式に切り替えるというのがシナリオ3になる。

 これも3の方が良さそうだが、現実には原子力に取って代わる電力源はそう簡単には手に入らず、かつ無理にやろうとすれば想像以上のコストがかかったり、不便を強いられるので、産業や国民生活は大打撃を受けることになる。

 これを決めるのは国のリーダーや地方の首長に他ならない。

 今回の大地震については、今起きている被害を最小にとどめ、被災者を救い、事態をどう収拾させていくかという目の前の問題解決は、枝野さんの仕事だろう。一方で、震災後の被災地あるいは東北地方太平洋沿岸、あるいは福島県の原子力発電所周辺をどうしていくのか、さらには日本のエネルギー政策や日本経済全体をどう立て直していくかを考える、すなわち問題解決後のビジョン作りは菅首相の仕事だろう。後者が全く見えてこないのは寂しい気がする。
  
目前の危機とその後の課題 二つのリーダーシップとは

 今回の話をまとめると以下のようになる。

 危機におけるリーダーシップで大事なことは、言うまでもなくまず今起きている火を消すことだ。これは言うのは簡単でも実際には難しい。福島原発を見れば、それはわかる。何が起きているかは把握できるのに、なかなか解決できない。
 
 しかし、もう一方で大事なことは、当面の問題を解決した後に何が起きるのか、その新しい課題をどう解決したら良いかの判断である。新しい組織や仕組みを作るにはビジョンが必要だ。それを見通す先見性が求められる。それなしに今起きている問題を解決しようとすると、後からこうしておけば良かったと悔やむことになる。

 私の個人的な意見としては、「危機は必ず来る」、あるいは「トラブルは防ぎようがない」。したがって、起きないようにすることに全力を注ぐのではなく、起きてしまった後にどうしたらよいのかを、あらかじめ想定しておくことが大事だ。

 これには「起きうるリスクはすべて想定して、対策を講じておくべきだ」という異論があることは百も承知だ。しかし、どんなに防止策を講じても、それを凌ぐ自然災害は起こるし、人災も起こる。また、防止策にはコストがかかる。

 それより、起こりうるリスクを想定して、起きた場合の対策の考えておけば、何も考えておかなかったよりは、はるかにましな対応が出来る。それが人間の優れている点だと思う。



もっと先を見なければなりません。
私は・・・楽観論者のつもりはありませんが「第三の選択」で進めていきたいと思います。
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2011.04.05 Tue l 仕事的な情報 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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