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とても興味深い記事なのでlog。広告が虚偽の体験を織り込むという研究。

良く考えるとそんなこと無いはずなのに、なぜか記憶がある。そんな経験はありませんか?
私はよく「カン違い」と思われることを自信を持って言うことがありますが、実はこういう効果のせいだったのかもいしれません(言い訳)

この記事には筆者の体験を織り交ぜて判りやすく書いていますが、とりあえず研究部分を抜粋引用。

広告で生まれる「ニセの記憶」:研究結果 | WIRED VISION

・・・前略

私の持つ、虚偽の「コークへの郷愁」と、このようなマーケティング戦略について説明してくれる新しい研究が、 The Journal of Consumer Researchで発表された。
この研究によると、鮮烈なイメージを与える広告は、それを見る人の海馬(長期記憶の形成に関わる脳の部分)をだまし、「テレビで見た場面」を「実際に起きたこと」と勘違いさせる上で驚くほどの力を発揮するという。

実験では、100人の大学生を集め、ポップコーンの新製品『Orville Redenbacher's Gourmet Fresh Microwave Popcorn』を紹介した(実在する製品ではない)。被験者の一群には、イメージをあまり喚起しない、文章による広告を見せた。新しいスナック菓子の味の良さを説明する内容のものだ。別の一群には、イメージを強く喚起する広告を見せた。こちらは、リビングでこのポップコーンを食べる人々の楽しげな様子を描写した内容だ。
広告を見た後、被験者の学生たちは、2つの部屋のどちらかに入れられた。一方の部屋では、実験とは関係のない調査が行なわれた。もう一方の部屋では、この架空の新製品だという触れ込みで、ポップコーンの試食が行なわれた。

1週間後、被験者に尋ねたところ、イメージ喚起性の低い広告を見せられた被験者の中で、実際にポップコーンを試食したと答えた人はごく少なかった。それに対し、魅力的な広告を見せられた被験者の場合、ポップコーンを試食したと答えた確率は、実際に試食した人がそのように答えた確率と同レベルだった。さらには、商品に対する評価も、実際にバターと塩味のポップコーンを味わった人たちと同じくらいに高かった。

そしておそらく最も厄介なのは、被験者たちがこの「作られた記憶」を、「現実の体験」として強い確信を抱いていた点だろう。彼らは、良い宣伝を見たからこのポップコーンが好きになったのではなく、食べてみたらおいしかったから好きになっていた。

研究チームは、広告が人間の現実に架空の経験を巧みに織り込むことを「虚偽の体験効果」(false experience effect)と呼んでいる。
一見すると、この実験結果はありえないように思える。実際に食べたこともない製品を、単に広告を見るだけで、好きだと思うようになるだろうか。その謎を解くカギは、「記憶の再固定化」(memory reconsolidation)という、近年主張されている気掛かりな理論にある。

この理論は、人間は記憶を呼び起こすたびに、その記憶を作り直し、ニューロンレベルで細部を微修正するという事実に基づくものだ。われわれは自分の記憶を、常に変わることのない「印象」ととらえ、それを思い出す「行為」とはまた別物として考えようとするが、実際はそうではない。
すなわち、記憶とは、常に変わらない情報が蓄積されているわけではなく、常に変化する「プロセス」であることが明らかになってきているのだ。いわば、思い出すたびに書き換えられるファイルのようなものだ。何かを思いだせば思い出すほど、記憶の正確さは失われて行く。

記憶の確かさと感じられるものは、あくまで、それを最後に思い出した時点での確かさでしかない。記憶の元になった刺激が存在しないため、想起される記憶は変化している。そして、「実際に記憶している内容」から、「記憶したいと思っている内容」に近くなっていく。
厄介なことは、われわれは自分の記憶の多くを、ほかから借りて補わざるを得ないということだ。その結果、以前テレビで見たコマーシャルが自分自身の記憶となり、その中に登場する人物のエピソードを、自分の経験として語りなおすようになっていく。

「おいしそうなポップコーンの画像」は、「実際に食べた記憶のある味」へとすり替わり、魅力的なコーラのコマーシャルは、自分の人生のワンシーンに組み込まれるのだ。われわれは自分のストーリーをいたるところから盗んでいる。マーケーターたちは、われわれが盗みたくなるようなストーリーを与えることに長けているだけなのだ。
     ・・・ 続きを読む



広告というものの重要性を再認識しますね。「それを最後に思い出した時点での確かさでしかない」という言葉は、非常に論理的でもあり、哲学的でもある気がします。

人間の脳はパソコンのメモリーとかHDDとは違う。デジタルではないんですね。
その「曖昧さ」が、人間らしさを醸し出す。

これもまた、良きかな~
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2011.05.28 Sat l ニュース的な情報 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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