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本日(正確には昨日)、上海より帰宅しました。

海外出張の機会が多いわけでもなく、中国は12年ぶり。
その頃の広州は「爆発的発展」が起こり始めた時で高速道路やビルが乱立「し始めた」、すなわち「建っている途中」でした。既に数戸は超高層ビルが建っていたのですが、その麓にはまだまだ民家がたくさんあって、皆が集まって、上半身は下着姿(もちろん男)、わいわい一台のテレビを大勢で見ているという、昭和的なイメージがありました。その時の出張の目的は、当時韓国でアウトソーシングしていた会社が中国でアウトソーシングをはじめるということで見学に行ったのですが、それから10年。あっという間に時代が変わり、すっかり中国が経済の中心になっています。

今回の目的は、大雑把にいうと「サプライチェーンの川下とのミーティング」「大手客先の中国進出に伴う弊社の展開可能性の探索」「現地法人の訪問・見学と現在の中国ビジネス実情聴取」でした。
その目的からしても既に後手後手な感じがしますが、よくもまぁ、こういう「当たり前に言われていることをもっと早く実感できないのか」と我ながら反省しきりの出張でした。企画という「実際に目で見て足で稼ぐ前に情報が先行して収集され、机上で組み立ててしまうこと」をしばらくやっていると陥りがちな罠ですね。肉体労働チックな私としては、随分と自分らしくない仕事をしているものです。

百聞は一見にしかず、とはよく言ったもので、実際に現地の方々と話をして、中国の現在のパワーと中国ビジネスの「危うさ」というものを肌で感じることができました。

人、人、人・・・

10年前の訪問時は、立ち寄ったお土産屋さんに客の数の3倍くらいの従業員がいたりして、町では道路に自転車が「激流の如く」走っているという状況でしたが、今やその人たちは「ある一定の場所」に集まって、組織の中で動いているという感覚。しかも(もちろん場所によって格差は大きいものの)賃金は年々上がっていて、政府が打ち出している「所得倍増計画」に全く沿って走っているという、何とも経営的に先を読みにくい状況。

とはいえ現時点での労働賃金は日本に比べて未だ安い。それが余計に思考を難しくさせます。
今や日本からの直行便が様々なところへ伸びていて、下手をすると新幹線で東京から大阪に移動して在来線に乗り換えて自社工場へ向かうよりも短い時間で、労働賃金1/3の場所へ移動できてしまうという時代。しかも新幹線とか高速道路も充実し、大陸内での移動も以前に比べて激的に速くなっています。ただしその労働賃金もどんどん上がっていっていますが。
もちろん賃金の考え方も古来の日本方式とはちょっと違って、固定給+残業、固定給+歩合等、お金が最優先であり、実力主義と言ってしまえばそれまでですが、プレミアムが前提の給与体系になっているという点もなかなか難しい。この月曜日は国民の休日らしいですが、その休日の出勤なら3倍以上のプレミアが付く。だから出たいという従業員もいたり、「あそこの会社の方が残業が多いらしい」ということで移籍したり。
従業員が(自分の意思で)毎月2~3割程入替わり「半年もたてば総入替してるよ」とか、またその根拠が給料の高低だけならまだしも、社員食堂の美味しさとか・・・やはり「日本方式」が通じない場所であることを実感。

「先進国から技術を学んだらハクが付く」ということで、教えた時点で他へ流れるという、教育に費やした時間の浪費的・技術流出による損失的・実質かかったコスト的な様々なリスクというものは、今までメディアでは散々聴いてきた話だし、もちろん自社内のリスクという形で良く聴いてきたものの、現地で実際に話をして「あたりまえじゃない」的に言われると、なんだかなぁ・・と想いを馳せてしまいます。

お金もたくさん持っていて、投資判断があっという間。本当に裏づけがあるのかないのか、それが定かで無くとも「やってしまう」という状況。それだけお金が「あるところにはある」、ということ。

人と人のつながりが支配的。政府の意向も重要。
ロジックでは語れない「モヤモヤ~ン」っとした部分がビジネスの流れを決めるという、ドラッガーさんやポーターさんに「こういうときってどうすればいいですか?」って聴いてみたいよ、と想う様な状況。


とはいえ、それでも考えていかなければならない。

激的な量と速度で流れていく、カネと人の流れに乗っていかなければならない。

そして企画屋としては、次のトレンドを見て行かなければならない。


そう。中国は当たり前の様に「既に現実」であり、
「今から考える事象」ではないのですね。今更ですが。

インドは未だ未開の部分が残っているものの、政治的な統制が(不安定と相反して)無い分、今から何とか滑り込める可能性もある。ブラジルも然り。もちろん既に皆さん続々と進出されていますが。
しかしながら、各国相応のビジネス慣習なんていうものをきちんと理解する必要があり、少しでも時間をカネで買うのに例えば商社と組むとしても、それなりの資金力・・・というより体力が必要。

そんなグローバルな視点を未だ持てない未熟企画屋ですが、日本の立ち位置、例えばアメリカの立ち位置、そして上海を始めとする中国の立ち位置を、少し見識者の方々の記事を引用しつつ考えたいと想います。

上海万博を考える ー 小谷 まなぶ : アゴラ - ライブドアブログ

・・・前略

大阪万博のような、盛り上がりは、上海ではあるのかと言えば、それは、無いように思う。しかし、上海人にとって、上海万博に向けてのインフラ整備によって、非常に生活の便が向上したことが事実である。地下鉄の整備、公園の整備、上海市内のほとんどの道路を再舗装し、そして、市内の建物のほぼすべての外壁のリフォーム、再塗装などを行った。これで、街全体は、数年前と比べて見違えるほどきれいになったのである。
 
 その状況を見ていて、上海人にとっての万博は、参加するというより、街全体のインフラの整備と美化という点で、満足しているように思う。上海万博を行うまでに、多額の資金が街に投入され、これは、市政府の人間から聞いた話であるが、年間 3000億元(4兆円)の資金を5年間投入して、街の整備を行ったということである。
 万博景気で、上海は思うほど、世界同時不況でも影響を受けず、活気のある街でいれたことは事実である。しかし、万博景気が終わり、次の目標がいまひとつ見えていない上海であるが、政府の発表では、香港のような金融自由都市を目指して世界から投資を集めたいという次の目標を掲げているということである。
     ・・・ 記事を読む



確かに道路には花が未だに飾られ、高速道路は整備され、新幹線も走って(通る時に轟音でした)、すごく立派な街に見えますが、ずっと煙い。真偽は別にして「排気ガスとか工場の煙」とのこと。確かに雨が降ったときはちょっと晴れたような。何かの臭気・・1970年代に嗅いだ「ちょっと懐かしい」感じもして、まったく違う規模感と速度感で進化を遂げているものの、幹は諸先進国と同じなのかな・・と感じさせます。
上記記事の様に、確かに金融自由都市として世界から資金が流れて来そうな雰囲気のする街でした。


では先進国と言われているアメリカ・日本はどうなのか?

やばいぞアメリカ(2)―日本に追い越され始めたインフラ : アゴラ - ライブドアブログ

・・・前略

今でこそ、世界有数の債権保有国になった日本ですが、黒部ダム、東海道新幹線、東名高速などのインフラ建設を世銀借款に頼って来た日本は、世界銀行の最大の借り入れ国であった時代もあったのです。それにしても、その借金を返し終えた1990年頃から、日本の自信喪失が始まったのは、対外債務の返済と共に危機意識を無くした事が関係しているのでしょうか?

福島原発騒動で東電の存続が問題になっていますが、1956年に関西電力が着工した黒部ダムは、当時の関電の資本金の5倍超の大工事(現在の東京電力の資本金規模に直すと、5兆円規模)で、現在の東電が自力で福島原発処理をする事も不可能とは思えません。問題は、当時の関電の様な経営者が現在の東電には居ない事です。


高度経済成長という時代は確かに存在して、ついこの間まで「技術大国日本」「世界有数の技術力」とか言われてきたではありませんか。そしてその結果として、アメリカから仕事を奪い、更にはアメリカの数々の資産を買い漁れるくらいのことをやってきたのです。バブルははじけ、リーマンショックで打ちのめされ、そして今回の震災でダメージを受けた今日現在の日本に至っては、なかなか創出できないポジティブな記事です。

この様に書いて来ると、日本だけが「やばい」様にに思うかも知れませんが、「やばい」のは日本ばかりではありません。一人勝ちと思われている米国も、日本以上に深刻な問題を抱えた「やばい」状態です。
2004年のハリケーンカトリーナ災害では、初期出動の誤りでニューオルリーンズ市内の陸上面積の8割が水没する程の指導層の無能ぶりや、暴動、略奪を起こした一部市民のモラルの低さと比べれば、日本は未だ救われます。

組織の興亡には常に「人」「物」「金」の三つが重要な役割りを果たして来ましたが、米国民の勤勉さに衰えが見られるだけでなく、インフラと言う「物」の面でも日本に追い越されつつあります。

アメリカ大陸を空路で横断した人なら、眼下に広がる壮大な道路網には誰しも驚かされます。若い国とは言え、アメリカのインフラが古くから整備されて来た事を如実に物語る風景です。

50年前の米国は戦争被害が無かった事もあり、道路は勿論の事、完備した冷暖房や水洗施設、空港、港湾、公園、学校、病院、整った文化施設などのインフラの殆どが、永遠に追いつけないと思える程立派な物でした。今では、日本とは比較にならない程ひどいアメリカの鉄道でさえ、当時は米国の方が遥かに乗り心地が良かった位です。

処が、最近のNYなど東北部の大都市近郊の道路の整備は、一昔前の日本の道路並の酷さになって仕舞いました。ニューヨーク、シカゴ、ボストン、フィラデルフィア等の古い都市では、保守整備を怠ったため、水道水の10%近くが漏水し、明治初期に埋設された地下の蒸気管システムが老朽化により爆発する事故も起き出しています。

福島原発事故で計画停電が問題になっていますが、米国では事故も無いのに、北東部に住む五千万人以上の住民を巻き込んだ大停電も一再ならず起き、3回の大停電にすべて巻き込まれた私には忘れられない経験でした。


確かに。そのほか、この記事では、ミシシッピー川にかかる幹線高速道路の橋の崩落、ダムの決壊事故についても触れています。

これ等の事象は、目の前の豊かさを追求してきた米国が、基本的なインフラに十分投資してこなかった事を物語っており、最先端技術を誇る筈のアメリカも、インフラ整備の面では日本に追い越されつつある「やばいぞアメリカ」状態です。
     ・・・ 続きを読む



それに比べて、中国はただいまインフラ整備の只中です。
その技術レベルは別にしても拡大する力、そして極論として「スクラップアンドビルド」を繰り返す体力が今の中国にはあります。ビルも近代的、そして嗜好も近代化しています。特にテレビを見るとそう想いますね。

そして「国家資本主義」という考え方。それに対してどういうスタンスで挑むのか。

国家資本主義と闘ってはいけない - 『自由市場の終焉』 : アゴラ - ライブドアブログ

20世紀最大のイデオロギー闘争だった資本主義と社会主義の闘いは、前者の圧勝に終わった。今から社会主義を建設しようという国はないだろう。しかしそれに代わって新しい脅威になりつつあるのが、経済体制としては資本主義でありながら、国家が基幹産業をコントロールする国家資本主義である。

その例として本書で検討しているのは産油国、旧ソ連、インドなどだが、中でも最大の脅威は、いうまでもなく中国である。
     ・・・ 続きを読む


この記事では下記内容が書かれています。

・目標が明確で技術移転の容易な途上国には、国家資本主義が適している。その代表が日本。
・国家資本主義の特徴は、政府主導で輸出を拡大する重商主義。
・これに対して(かつてのアメリカのように)保護主義で報復する考え方もあるが、国家資本主義と同じ土俵で闘うのは賢明ではない
・中国やインドの得意とする低価格の工業製品で先進国が競争することは不可。安い工業製品は輸入、先進国は知識産業などで競争すべき。
・日本の産業構造は製造業中心の「新興国型」のままで、政治家も官僚もこうしたアジェンダ設定の変化に気づいていないためむずかしい。
・TPPをめぐっては農業問題ばかり論議され、知識産業やサービス業のグローバル化という問題は認識さえされていない。
・国家資本主義の優位は一時的。キャッチアップの段階が終わると、法の支配にもとづく自由市場が必要。国家がイノベーションを生み出すことは困難。
・しかしITの分野でも、中国は日本の先を行き始めている。むしろキャッチアップ型の産業構造を脱却するのは、日本の課題。

私はついつい日本は新興国→先進国というレールを乗ってきたとばかり考えてきて、その次の分岐点にいるのかと想ってこの記事を書いてきましたが、日本の産業構造は「新興国型」で「国家資本主義的」であるとのこと。確かに今回の原発対応の件についても、そういう見方をすれば納得できる部分が多いです。自由でありそうで自由ではない。それが「飛躍」を阻害しているのか、もはや飛躍する体力も残っていないのか・・・




今回の上海出張に関する雑感、及びそれに関係する気になる記事を紹介いたしましたが、結局のところ、

やるか、それとも、やらないか。

なんだと想います。

足元が悪い中で、どうやって現在の事業でキャッシュを「もぎ取り」つつ、どうやって「新しいこと」をやっていくか。「新しいこと」にも様々あり、新事業・新商品、合弁、M&A、に掛け算として国内外というグローバル戦略が重要になります。
あわせて現在のキャッシュを「もぎ取る」だけの体力を維持する、または「取り戻す」には、ある程度の流血も必要になるだろうし、そう考えた時に(総合的には意味もベクトルも異なるものの)今の「ある種コンサバティブな」中国のビジネスの在り方は、逆に合理的であるとも言えるかもしれません。

海外展開、特にBRICsへの進出はリスクを考えればきりが無いし、リスクヘッジをすべて考慮してからでは遅いのだと、頭ではわかっていても、肌に感じる、というか、五感で感じる機会が無かったために、やっぱり机上でしか考えてない人になっていたのだと、大いに反省。

黙って死を迎えるよりは、体力が残っている内に、動けるだけ動かないといけないのだ・・と思わせてもらった今回の出張でした。天安門事件から22年。中国はこの時間も「いろんなものを巻き込みつつ」確実に動き回り、そして成長しています。

そんな反省しきりの出張でしたが、良い面での中国も堪能いたしました。
特に過去と未来が程好い調和で混在している上海リングの散策は永遠に忘れられない記憶として残ると想います。今のタイミングで上海リングを見れたことはとても重要で貴重なことなのだと、今でも物思いに耽っています。

そんな楽しい話はもう一つのブログに書きましたので、よろしければ御訪問下さい。


追記:中国事情として、記事を追記します。

中国が突如「技術国」に、日本は新たな対中戦略が必要 2011/05/16(月) 10:52:22 [サーチナ]

[★★]なぜ日本の産業構造は製造業からサービス産業へ転換できなのか - pikarrrのブログ

中国人が虎視眈々、日本の技術は盗まれ放題? 論文捏造疑惑で明らかになったずさんな技術管理体制 JBpress(日本ビジネスプレス)



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2011.06.05 Sun l 仕事的な日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
さて、企画屋の「はしくれ」として、いつかlogしておきたかった、今回の復興についての記事。
未曾有の危機的状況からどうやって日本を復興するのか。
復興という言い方がいいのか。それとも再生なのか。復活なのか。誕生なのか。
そのはじめの「定義」が、皆のモチベーションを左右するという点で、
非常に大切だと想っています。

弊社も今回の震災で痛手を負いましたが、即致命的ではなかったために、かえって非常に不味い「中途半端な危機感」しかもてなかったのではないかと危惧しています。
先ずは「目に見える状況の復活」。それに中途半端に時間がかかったものだから、その間に大きな・・・将来的な危険の察知を忘れてしまう。
6月ショックとか8月ショックとか言われていますが、「そんなものより先ず目先だ」という議論が先行し、それにリソースが割かれ、2:8理論でいう「2」の部分の人たちが疲弊し、そして結果的にまともなリスクアセスメントも無しに危機を迎えてしまう。そんな状況だけは避けたい、という企画屋としての最低限のプライドはあるのですが・・・

本音からいえば、これを機会に、ストックポイントや流通そのものの見直し、今まで見てきた川上・川下産業のまた更に川上・川下までの可視化を含めたコントロール体制構築といった、サプライチェーンそのもの見直しから、従来から歴史的についてしまった脂肪分・・・いわゆる「ぜい肉」のそぎ落とし・・・危機的状況が共有化されているからこそできる抜本的且つ徹底的なリストラ、組織編成の見直し、そしてそれらをITと絡めた抜本的な自動化・可視化によって、コントロール可能な運用体制を作りたい、というところですが、もちろん費用、リソース、何より危機感と抵抗勢力という点から、実現できないのが現状です。

「のどもと過ぎれば・・」とはよく言ったもので、やけどしそうな熱いものをやっと飲み込んだといって安心していたら、頭の上にグラグラ煮立った鍋が今にも落ちそうな状況であることを忘れていた・・・それがなかなか落ちないものだから、危機感に慣れてしまい安心してしまう。そういう状況であるという認識が、なかなかもてないのも現状の悲しさではあります。

で、日本の話に戻りますと、非常に興味深い記事がありました。中心型首都機能論から脱するべきという記事です。

脱中心型首都機能論とは何か? - 京極 真
配信元:アゴラ編集部


1.再燃する首都機能移転論
東日本大震災は、一旦幕引きされかけた首都機能移転論に再び灯をともすことになった。国土のわずか0.6%に首都機能を集中させる現行方式のリスクが、東日本大震災によって顕在化したためである。

超党派の「危機管理都市推進議員連盟(NEMIC)」は、首都・東京が大災害やテロなどによって機能不全に陥った場合に、代替機能の役割を担う「副首都」 建設にむけて検討をはじめている。首都・東京をバックアップできる副首都を複数用意することにより、首都機能一極集中型よりもリスクヘッジできるようにし ようというのだ。

2.首都機能
一極集中型と首都機能バックアップ型は同じ穴の狢である 筆者は首都機能一極集中型も、今回NEMICが進める首都機能バックアップ型も、国家的危機管理という観点からみれば同じ穴の狢ではないか、と考えてい る。というのも、両者ともに首都機能の中心を担う都市が想定されているという点で同型の首都機能のあり方だからである。
首 都機能一極集中型は、特定の都市にほとんどすべてが集まるため、リスクヘッジという点では極めてまずい。おそらくこれは誰にでもわかることである。 一方、首都機能バックアップ型は、首都と複数の副首都がデュアルに機能することになるため、一見すると首都機能一極集中型とは異なるように思われるかもし れない。

しかしこれは、複数の副首都の一番の土台にメインの首都があり、それに乗りかかるかたちで副首都がバックアップとして機能することになるため、つまるとこ ろ首都機能一極集中型と何らかわるところがないのである。つまり、首都機能バックアップ型は、特定の都市が首都を担うという点で首都機能一極集中型と同型 なのだ。

そのため、首都機能一極集中型と首都機能バックアップ型は、中心にある都市が大災害やテロで機能不全に陥ってしまえば、いずれにしても日本全体が大混乱に 陥る事態を回避できないと考えられる。僕はこのような、首都機能が特定の都市に依存した議論を指して「中心型首都機能論」と呼んでいる。

3.首都機能移転論の成立条件
ここにきて首都機能移転論が再燃した理由は、国家的危機管理が根本モチーフである。つまり、首都が大災害やテロなどに見舞われても、日本全体が機能不全に陥らないようにするにはどうすればいいか、という切実な問いが、首都機能移転論再燃のドライバであったと言える。

こうしたモチーフに届く首都機能は、(1)特定の都市に首都の中心を置かないこと、そして(2)首都機能の一部が麻痺しても他のところで相補的なネット ワークが形成されること、の2つの条件を満たしている必要があると考えられる。なぜなら、この2条件が満たされることによって、一部で機能不全が長じても 多方向から代替機能が働き、日本全体で機能不全に陥る事態を避ける可能性が担保されるためだ。

たとえるなら、インターネットのようなシステムとして首都機能を再編させることが、国家的危機管理というモチーフに届きうる可能性の方法だと考えられるのである。筆者はこのような首都機能の考え方を指して「脱中心型首都機能論」と呼んでいる。

4.脱中心型首都機能論のすすめ
脱中心型首都機能論の特長は、首都機能を複数の地域に分散させるものの、特定の地域で特定の機能を担わないと考える点にある。それでは、特定の機能が中心 性を帯びてしまい、そこがやられてしまえば他の代替機能が働かないためだ。 そうではなく、脱中心型首都機能論では、日頃から複数の地域が連立的なかたちで業務にあたると考えることになる。つまり、複数の地域で首都機能が併存する 関係性のなかに、首都機能の全体像を見るのである。

たとえるなら、インターネット様の首都機能を実質化するのだ。 この発想では、首都機能の一元化が打消されるぶん、政治や行政の無駄を生み出すのではないか、あるいは経済活動が非効率になるのではないか、という疑問を 持たせるかもしれない。そうした問題は国民ID制度の導入と情報のクラウド化によって技術的に回避できるのではなかろうか。

国民ID制度の導入は、平時であれば国民の理解を得られにくいだろうが、東日本大震災によって国家的危機管理という問題意識を共有しやすいと考えられるた め、その文脈から導入を進めていける可能性があると思われる。また、国家情報のクラウド化はITの発展によって実現できる見通しは立つはずである。

もちろん、情報漏洩の問題は残るものの、「尖閣ビデオ」の流出さわぎにみられるように、クラウド化されていなくても漏れるものは漏れるのである。

この他にも脱中心型首都機能論には、それにかかる費用などの問題は残る。しかし、国家的危機管理という観点からみれば、首都機能一極集中型や首都機能バッ クアップ型よりも優れた点があると考えられる。東日本大震災の教訓を活かすためにも、首都機能移転論の熟議を期待したい。

(京極真 吉備国際大学大学院保健科学研究科准教授)



まったくその通り。しかし、効率を考えるとどうしてもある一定の中心部が必要になることも確か。
理想論でしかありませんが、たとえば福岡、広島、大阪、愛知、石川、東京、北海道、そして宮城県。それらがそれぞれ首都機能に近い機能を有する。現在でも同じように各地域の中心都市ではありますが、更に首都機能に近くなるようにする。特に宮城は、まったく新しい形の都市のあり方を問われることになるでしょう。衛星写真で見たら全く異なる様相になるくらいに。

道州制導入、という記事もあります。

今こそ道州制の導入を - 松本徹三
配信元:アゴラ編集部


残念ながら今回の経済不況の根は深く、どんな施策を講じてみても簡単には脱出は不可能ではないかと思われます。日本では、更に悪いことに、指導者不在、政治不信がこれに重なり、心理的にも閉塞感が継続しそうです。こういう時には、とにかく何か新機軸を打ち出し、多くの国民に「変革への期待」を与えることが必要です。
私は、長い間議論されては来たものの、このところ一向に進展が見られていない「地方分権の促進(道州制の導入)」が、この目的のための格好のテーマになると思っています。

先ず、現在の不況の克服には、「内需拡大」しか手がありません。輸出市場の回復は日本だけの力ではどうしようもないからです。内需拡大の決め手の一つとして期待できることに、「中高年層の潜在需要の開拓」と「地方の活性化」がありますが、前者にとっての必須条件である「社会保険制度への信頼回復」も、後者にとっての必須条件である「地方分権の促進」も、共に政治の力によって実現が可能です。(逆に言えば、「強い政治力」によってしか実現できないものです。)経済界が手詰まりでどうにも動けず、折角「政治」に出番が回ってきたのに、政治家が今このテーマに真剣に取り組まないとすれば、一体他の何をしようというのでしょうか?

前者についての議論は別の機会に譲るとして、ここでは後者について考えてみたいと思います。

道州制が導入され、大きな権限を持った新しい州知事の選挙が行われれば、国民はこれに注視します。選ばれた新しい知事は、他の知事と競い合って、それぞれの州の目覚しい発展を目論むでしょうから、さまざまなアイデアが開花し、さまざまな経済効果を生み出すでしょう。施策次第によっては、東京で職を失った人達の故郷へのUターンも促進されるかもしれません。

私は、昨年11月7日付のブログ「アメリカ大統領選に思う」で、「首相公選」によって、米国の大統領選挙に見られたような熱気を日本にも創り出すべきだという趣旨のことを申し上げましたが、勿論、その早期実現が難しいことも分かっています。しかし、州知事の場合は初めから直接選挙ですし、ここで実績を上げ、国民レベルでの人気を得た人が、将来の首相候補となることも大いにありうるわけですから、道州制の知事選挙は、将来の「首相公選」への実験的な第一歩と位置づけることも出来るでしょう。

日本は「東京への一極集中」が極端な国です。もともとが「合州国」である米国は勿論、英国とフランス以外の欧州の各国は、ドイツを典型例として、もっと各都市が競い合っています。日本が「東京一極集中」になったのは、中央の官僚が力を持ちすぎたことにその一因があると思われ、この点は日本同様に官僚の力が強いフランスの「パリ一極集中」に同類項を見ることが出来ますが、現在のEUが「パリ一極集中」になることは金輪際ありえません。そのことを考えるにつけても、日本の道州制を考える時には、思い切って「EUに範を求める」位の変革を考えるべきかもしれません。

「今こそ過激な改革をやらねば、『十年河清を待つ』ことになりかねず、日本の国際的競争力強化の可能性はますます遠のく」という強い危機感から、私は、ここで一つの「超過激な提案」をしてみたいと思います。それは、道州制の導入だけにとどまらず、更にもう一歩踏み込んで、「省庁の分散」を行うことです。

「首都移転」論者は、この際、ワシントンやキャンベラやオタワやブラジリアのように、全ての首都機能を新首都に移してしまえばよいではないかと言うかもしれませんが、これで喜ぶのは土木建設業者ぐらいで、仕掛けが大きいだけ副作用も大きくなる割には、「首都移転」のもたらす長期的効果には疑問が残ります。各企業は、場所は変わっても、相変わらず「官庁や政治家の事務所に詣でる」のをやめることはなく、結局は「場所を移動する」ことに要する時間や経費の無駄使いが増えるだけのことになるのではないでしょうか。

それよりもやるべきは、「各省庁が、電子的な遠隔面談、遠隔会議以外の全ての面談や会議をやめる」ことです。つまり、各省庁は正面の玄関口を廃止し、訪問者は誰も建物の中に入れないことにすれば、官庁の所在地が何処であれ、「官庁詣で」は一切なくなります。

民間企業が官僚と折衝するのは勿論、政治家が官僚の「ご進講」を受けたり、官僚が政治家に「根回し」をしたりするのも、全て電子的な手段によるしかない(従って、当然記録が残される)ということになれば、全ての政策の起案と実行のプロセスが、完全な透明性を保証されることになります。多くの政治家が「不便である」といって難色を示すでしょうが、背中をさすったり、肩を抱いたりする以外は、映像と音声で全ての仕事はこなせるはずなのですから、「『永久に人に知られることのない』ことが保証された『密室』でなければ話が出来ない」ということがない限りは、そもそも「これで不便になる」ということはないはずです。

その結果として、各公官庁が、例えば「東京周辺100キロ圏内の諸中小都市」に分散され、地方都市の活性化をもたらすことなども可能になるでしょうが、こんなことは比較的小さな付随効果に過ぎないでしょう。長年続いてきた「政治家と官僚との関係」を抜本的に変えることこそ、日本の行政と立法のあり方に大きな変革のインパクトを与え、新しい活力を日本全体に与えることになるでしょう。

ここまで考える政治家が何故今出てこないのでしょうか? こういう政治家が出てきてこそ、初めて国民はこぞって喝采を送り、国民の心が一つにまとまって、未曾有の経済危機を克服するベースが作られるのだと、私は思います。



私はこの意見にとても賛成です。道州制というより、上記の如く、各地の中心都市の機能と役割を明確化し、一極集中をなくすこと、これが新しいグランドデザインではないかと考えます。

内容は違えど、均一か集中化、という内容の記事がありました。

「日本の救いはグローバルスタンダードから最も遠いところにあった」震災で露呈した均一化と集中に頼る国づくりの限界――浜矩子・同志社大学大学院教授に聞く
配信元:ダイアモンドオンライン


「均一化」と「集中」。戦後日本の国づくりの特徴を端的に概念化するならば、この二つの言葉に収斂されるだろう。それは、戦後の焼け野原からの復 興、そしてその後の経済成長を支えた“二輪”の概念である。しかし、3月11日に東日本を襲った未曽有の震災と、いまだ出口の見えない福島原発震災は、均一化と集中に依存するこの国のあり方が危機に対していかに脆いかという現実をわれわれに突きつけた。
 大きければ強く効率的であるという均一化の論理のもとに組み立てられたものの多くは、今回の震災で、あっけなく崩れ落ちた。物流システムは各所で機能不全に陥り、大手スーパーチェーンや大手コンビニチェーンはちょっとしたパニック的な購買行動や買い溜めによって食料品や日用品の不足どころか枯渇に 陥った。 富と都市機能は東京圏に寄せ集めるという集中は、福島原発事故を機に深刻な電力不足問題を引き起こし、交通インフラの大混乱を招いた。
 私は今、声を大にして提唱したい。均一化ではなく「多様化」、集中ではなく「分散」こそが、復興、いや日本の新興を論じるときの新たな二輪になるべきだ、と。
 大手スーパーやコンビニにモノがないとき、救いの手はどこにあったか。それは、グローバルスタンダードとは無縁なところで生真面目に営んでいた零細個人商店にあった。前世紀の遺物と揶揄されていた、存在を忘れられつつあった零細でローカルなお店に、懐中電灯や乾電池、水やティッシュペーパー、パン はあった。グローバルスタンダードの常識からは最も遠いところで、救いは発見できたのである。

われわれは、こう信じていた。グローバルジャングルの中で日々運営されている日本経済においては、強いものと大きなもののみが勝ち残っていく、そし て日本の(成長の)ためにもそうあるべきだ、と。また、現代はグローバルスタンダードへの収斂の時代であり、均一化と集中のグローバルスタンダードに早く準拠した姿・形を整えないと、落伍してしまう、と。
 しかし、現実にはとうの昔にそのような論理は、時代に合わなくなっていたのではないか。
 世界経済に目を向けても、対外債務国と債権国に色分けされた集中は、債務国の財政危機を顕在化させ、いま是正を余儀なくされている。人・モノ・カ ネはなかんずく国境を超えるのだから、債権と債務がどこかに集中していても、どんぶり勘定の世界ではゼロであるがゆえに問題ない、それがグローバル時代だ という論理には無理があった。メタボなキリギリスを蟻たちは支えきれない。世界各所で国家の財政危機リスクが増大している。
 いうまでもなく、この変化は、震災前から見えていたものだ。しかし、戦後復興の成功体験を引きずる中で、日本はグローバルスタンダードへの追随という無定見のうえに胡坐をかき、変化を避けていたのではないか。すでに均一化と集中で成長を目指すモデルから卒業した経済になっていながら、思考を停止していなかったか。戦後初の選挙による政権交代が実現し、新たに国家運営の任を負った民主党の新成長戦略には当初期待が寄せられたが、ふたを開けてみれば、 従来どおり、均一化と集中の発想で描かれたものにすぎなかった。 
 むろん、私も成長や競争の意義を否定しているわけではない。すべてがローカル・零細でないとダメなどと言っているわけでもない。ただ、今、日本人が考慮すべきは、小さいものは小さいものなりに、弱いものは弱いものなりに、強大なるものは強大なるものなりに、日本経済という生態系、グローバルジャングルという生態系の中で、厳然たる役割があるということだと思う。普段は大きなものが大きな顔をしていてよいが、一方で小さくて弱いものも脈々としっかりと役割を果たしている、そのいうなれば共存共栄の生態系の底力、重要性を軽視することの恐ろしさは今回の震災を機に痛感できたはずだ。

 さて、復興である。われわれは、“復元”の方向にだけ進むことは避けるべきだ。復興を急ぎたいという気持ちは分かるが、急がば回れである。どんな姿を構築するかという落ち着いた検討が今こそ必要だ。もちろんライフラインの復元は喫緊の課題であり、最優先すべきだ。しかし、それ以外の点では、復元の 必要があるもの、新興すべきもの、廃棄すべきものをしっかりと仕分けする必要がある。ゆとりのない現状では大変な作業であることは承知しているが、どうしても復元しなければならないものと、そうでないものの仕分けぐらいはできるだろう。
 そのとき中央がすべてを決めていては、何も変わらない。復興のベクトルを示し、お金を集めて提供する役割は、国が集中的に担ってもいいが、あとは地元で使い途を考えるべきだ。地域社会という、いうなれば小宇宙の中で、大きく強いものと、小さくて弱いものが共存共栄できるパターンを描くべきだ。それに則って、使える金を上手に分かち合えばいい。
 先述した小売の世界を例に上げれば、大手スーパーが個人商店を次々と買収しその領域に浸食していくのではなく、場合によっては棲み分けを考えても よいのではないか。たとえば、大手スーパーで売っている商品はこれだが、違うものが欲しければあの店(個人商店)に行ってくれとネットワークをお互いに支え合う。強いものは弱いものを支えるが、弱いものも強いものを下支えする。各自治体はそれぞれの小宇宙にマッチしたモノを作っていくために、お金の使い途を考えればよい。
 私は、各々の自治体が自己完結的に活力と多様性と創造性を持った小宇宙となり、その集合体として日本経済が存在できれば、足腰のしっかりした国になると思う。これまでの論理で復元するためだけに補正予算を繰り返し組んでいくことが復興だということであるならば、ただでさえ財政状況の厳しい日本に降 り注がれる世界の目がいっそう厳しくなることは必定だ。そうなれば、今回の震災は“非日常”の出来事であるにもかかわらず、過度の円安や金利上昇を招き、 われわれの“日常”に侵食してくることだろう。それは亡国の道だ。
 世界を驚嘆させる新しい経済モデルの絵を描き、その財源を確保するためにあらんかぎりのクリエイティビティを発揮する必要がある。増税による税収 を償還財源の裏付けとする復興債のようなものも検討に値するだろうし、あるいいは突拍子もなく聞こえるかもしれないが、IMF(国際通貨基金)から復興計 画に絞って融資を受けるという可能性だって探ってみてもいいのではないか。また、復興紙幣については、私も基本は慎重な考えだが、これを機に、そのメリッ ト・デメリットを考えてみるのもいいだろう。
 ただし、繰り返すが、議論の大前提はあくまで単なる復元ではない日本新興計画の提示である。そこまでしてはじめて、日本は賢さの鏡となり、あらためて世界のお手本となる可能性を持てるはずだ。(談)



どういう形の日本が作られていくのか、無責任な言い方ではありますが、わかりません。
しかし、かつて見てきたSFの世界が現実になるかもしれません。個人的にはそうであってほしい。子供心に見たそのSFの世界は、少なくとも光り輝くものであったから。
攻殻機動隊で表現されていた日本、サマーウォーズで出てきたようなネットワークシステム中心の世の中。
これを機会に新しい日本ができてくることを心から祈りつつ、自分は自分の職務と責任を果たすことで、そんな新しい日本の誕生に貢献したいと想います。

そのRebirthへの道において、無くてはならないのが「信念」を持った「人」の存在と、それが生きる「場の設営」だと想います。
もちろん「お金」「時間」「モノ」という基本的なものはありますが、人がなければ間違った方向に進みます。
まるでこの間までブームになっていた幕末に近いことが、今まさに起ころうとしていますかね・・?
歴史に学ぶとはよく言ったもので、時代は違えど、マインドは同じなはずです。

「もはやすべての行きがかりをなげうって、入閣するほかない」
配信元:日経ビジネスオンライン


前略

「とにかく、一日たりとも国務を放棄しておくわけにはいかない。この惨状を目の前に見て、躊躇している場合ではない。山本さんにも、そう話して賛成 しておられるから、大蔵大臣を引き受けてもらいたい。日本銀行のことは、副総裁もおるし、他にも人はある。きみが大蔵大臣として指導すればよろしい。一刻 も躊躇しておるときではない。これから麻布のわが家に回って、話をしようじゃないか」
 車中と後藤邸での会談を経て、井上は蔵相への就任要請を受けた。
 午後5時、ようやく閣僚がそろう。摂政宮(のちの昭和天皇)が臨席して親任式が行われたのは午後7時40分。場所は赤坂離宮が選ばれた。建物のな かは危険だったので庭園の東屋「萩の茶屋」にテントを張った。電燈もないテントで、蝋燭の明かりを頼りに摂政宮から新閣僚に親任状が手渡された。ここに 「震災内閣」が誕生した。
 親任式を終えて麻布の自邸に戻った後藤は、母屋の二階奥の和室に籠もると巻紙と筆を手にして、墨痕鮮やかに「根本策」を書きつけた。


一、遷都をしてはならない

二、復興費には30億円が必要

三、欧米最新の都市計画を採用して、わが国にふさわしき新都を造営する

四、都市計画を実施するためには地主に対して断固たる態度をとる
 (過去において東京の地主は、街が改造された際にも公共の原則が求める犠牲を払わず、不当な利益を得ている)。


 後藤は、まず、遷都論を葬った。陸軍参謀本部の将校から「百年に一度、大地震が起きるといわれる東京を都とするのは国防上、地勢上よろしくない、 朝鮮半島京城の南の竜山、播州加古川、八王子付近を候補地として遷都すべき」との説が浮上していたが、遷都が政治、経済、文化に及ぼす影響、莫大なコスト を考えれば「空論にすぎぬ」と否定した。
 復興費30億円はいかにも巨額だ。震災が起きた年の国家予算は〈13億7千万円〉だった。国家予算の2倍でも足りない。井上蔵相は、どう反応するのか。
 三、の欧米型の新都造営とは「燃えない都市」を建設することだった。広い幅の道路を通し、火災が類焼する危険を断つ。公園を随所に配して災害時の 避難場所を確保する。建物は不燃のコンクリートや石、煉瓦を使って頑強にこしらえる……現代につながる「災害に強い街」が念頭にあった。
 こうした都市計画を実行するうえで、財源問題と並んでゆく手をはばむ壁になると予想されたのが、四番目の「地主」の存在だ。限られた都市内で道路 を広げ、公園をつくるには誰かが土地を提供しなければならない。各地主が共に一定の割合の土地を出し、区画を整えて道路を通し、宅地を定めて公園を開く。 安全な都市基盤ができれば、街に人が集まり、繁栄して地価が上がる。地価上昇で地主には大きな利益がころがりこむ。
 にもかかわらず、維新以降、東京の街が改造されるたびに一握りの大地主は何ら犠牲を払うことなく、不当な利益を得てきた、と後藤は思った。帝都復興においては断固たる態度で臨む、と力瘤をつくった。
 だが、この論法がはたして土地に執着する地主層に通じるのだろうか……。



そして、Wikipediaに関東大震災再開発事業についての興味深い記事があります。


こうして後藤は即ちに内務官僚に 復興計画策定を指示、あわせて復興組織づくりを進めたが、事業規模は当時の経済状況をかんがみて縮小され復興の組織や意志決定も後藤が思うようにはならな かった。当初の焼土買い上げという「大風呂敷」は実現せずに農地整序につかっていた区画整理が展開されることとなった。当初は帝都復興計画では30億円と いう予算を計上していたが、さらに財政事情を考慮し、最低これだけはというぎりぎりの案件約10億円の要求となった。復興計画審議のために設置された3つ の審議機関のうち帝都復興参与会と帝都復興協議会は無事通過するが、帝都復興審議会では大反対され、特別委員会での大幅縮小で決定、5億円強になり議会提 出の運びとなったが、それでも議会で復興予算費をさらに2割カットと復興院事務費の全額カットで予算修正、これを忍従して復興計画は確定された。どんどん 規模が縮小されていく帝都復興がようやく動き出した矢先こんどは翌年1月の虎ノ門事件を契機に山本内閣は総辞職し後藤自身も失脚することになる。
後藤新平の当初の構想までは実現しなかったが、現在の内堀通りや靖国通り、昭和通りなど都心・下町のすべての街路はこの復興事業によって整備されたもので、この東京の骨格は現在に至るまで変化していない。また震災による焼失区域1100万坪の全域に対する土地区画整理事業を断行する。区画整理は最終的に全体を66地区に分け、各整理委員会で侃々諤々の議論を行いながら事業が進められた。この結果密集市街地の裏宅地や畦道のまま市街化した地域は一掃され、いずれも幅4m以上の生活道路網が形成され、同時に上下水道とガス等の基盤も整備された。
そのほか東京市中の川に架かっていた橋も大部分が甚大な損傷を被り、このため大地震にも持ちこたえられる恒久的な橋を計画的に架ける必要が生じた。隅田川にいまなお震災復興橋梁として架かる橋は下流から順に、相生、永代、清洲、両国、蔵前、厩、駒形、吾妻、言問の9つの橋梁があり、震災で壊れなかった新大橋を加え、隅田川十橋と称されている。9つの橋のうち、両国、厩、吾妻の三橋は東京市が担当、残りの6つの橋は復興院(のち内務省復興局)が担当する。そのため内務省東京復興局に橋梁課が創設された。
設計に当たっては復興帝都にふさわしい意匠を成すために外国事例や画家や作家などの意見を聞くなどして、建築家野田俊彦の「全て同一形式」意見を一蹴。また建築家の協力が求められることとなり、当時の逓信省の営繕部局に勤務する建築家スタッフをスカウトして設計組織を形成していった。部長太田圓三や課長の田中豊はまず山田守を、続いて山田の推挙で山口文象を嘱託とする。山口は後に日本電力の嘱託技師となる。山田は聖橋等を担当。山口は数寄屋橋、清洲橋、八重洲橋を はじめ、数多くを手がける。復興局が手がけた橋の数は100以上といわれている。帝都の門たる第一橋梁の永代橋はアーチ橋とし、第二橋梁の清洲橋はライン 川にかかるケルンの吊橋をモデルとするやわらかさを感じさせる案を採用し、橋の博覧会ともいえるような状況が生じた。こうして隅田川の橋梁群は個々の橋が 多様なデザインを主張しながら、全体として都市景観に高いシンボル性をもたらすこととなる。作家永井荷風も随筆「深川の散歩」の中で、清洲橋からの隅田川の眺望を書き残している。




そして、上記のごとく様々な識者の存在も重要であるが、指導者・・・カリスマの存在も不可欠です。

歴史的国家危機に決死の覚悟で臨んだ最高指導者 「チャーチル元首相」と「菅首相」の決定的な違い
引用:ダイヤモンドオンライン


前略

ブレない主張、見事な洞察力、勇気で
国民の圧倒的な信頼を得たチャーチル元首相 報道によると、民主党内には菅首相をイギリスのチャーチル元首相になぞらえる向きもあるらしい。
 チャーチルは、ナチ・ヒトラーと対決して、挙国政権の首相となり、戦いを勝利に導いて英国を救い、世界を救った。「国家危機」と「挙国政権」をキーワードとすれば、チャーチルを思い浮かべることもわからないではない。しかし、肝心なところは全く違っている。
 チャーチルは、ヒトラーの台頭以来、その邪悪さを見抜き、10年の“はぐれ鳥”となることもいとわず、徹頭徹尾ナチとヒトラーを排撃し、英国民に妥協なき戦いを訴え続けてきた。
 一貫してブレない主張、見事な洞察力、孤立無援でも戦い続けた勇気。39年にヒトラーがポーランドに侵攻して、大戦が始まると、英国民はチャーチ ルの洞察の正しさを思い知らされる。そして、英国民と議会はこの“はぐれ鳥”に目を向け、翌40年にチャーチルを首相にして国家危機に臨む最高指導権を彼 に委ねたのだ。
 英国は、このとき、ほぼ完全なまでに一致結束していた。当時の国民的信頼からすれば、内閣支持率は優に90%を越えていただろう。
 チャーチルの指導のもとイギリスは1つになってヒトラーに立ち向かう。激しいロンドンの空爆にも耐え、最終的に勝利を手にしたのだ。
 国家危機を乗り切るためには、指導者に圧倒的な国民的信頼が不可欠であることを歴史は教えている。
 菅首相はむしろ、自分に資格と能力が不足していると感じてチャーチル登場の道を開いた前の首相、チェンバレンに学んでほしい。



そして人があつまれば、議論の場の設定が大事。自分も震災後に上司代理として数々の社内会議に出たが、有効性が高く建設的な議論がなされる会議にはお目にかかることができなかった。せめて自分の関係しているところについては実のある議論を続けたいと想います。

東日本大震災復興構想会議は要らない
配信元:ダイヤモンドオンライン


ダメ会社の会議に似ている
 五百旗頭真防衛大学校長を議長とする東日本大震災復興構想会議が発足し、4月14日に第1回目の会合が行われた。
 不謹慎かも知れないが、このニュースを見て最初に思ったのは、ダメな会社の会議に似ているということだった。経営が上手くいっていない会社、特に、社長が事業を把握して指示を出すことが出来ない会社は、しばしば、経営課題が発生するたびにこの課題に向けた「会議」や「委員会」を発足させる。
 たとえば、具体名は挙げないが日本の運用会社の場合、親会社である大手金融機関から、運用の仕事に詳しいとはとても言えない天下り社長が経営しているケースがしばしばある。運用会社の管理職社員は実のところ時間が余っている場合が多いという事情もあるのだが、この種の会社では、「運用」や「商品企画」、あるいは「リスク管理」といったテーマで次々と会議や委員会が発足し、多くの社員を巻き込む会議が行われることが多い。また、社長の声がけで、外部の専門家を講師に呼ぶ「勉強会」が行われることも多い。
 しかし、本来、経営者が社業を十分把握していれば、個々の社員の貴重な時間を多くの会議に費やすのではなく、プロフェッショナルな仕事に使わせるべきだ。経営者は、方針を提示すると共に必要な指示なり監督なりを行っていればいい。方針の決定や伝達の仕組みとして必要最小限の時間で会議を使うことはあってもいいが、会社に必要なのは、会議ではなく仕事だ。アイデアを募るために会議を行う、などというのは、経営者が機能していない会社の愚行だ。
 東日本大震災復興構想会議は、被災地から3名の県知事がメンバーに名を連ねているが、この他に、建築家、脚本家、学校校長、僧侶など雑多な分野からの識者が加わる合計15人が本会議のメンバーとなっている。
 復興構想会議は、何かを決定する会議なのか。それとも首相その他の「勉強会」的位置づけなのか。同会議が、そもそもどの程度の権限を持っていて、 何を決めるのかが曖昧である点からして、スタートから拙いと言わざるを得ないが、初回の会合から、原発問題を含めて議論するかどうかで異論が出たり、復興財源に関していきなり増税の話が出たりと、混乱した内容になった。

会議の設置を決めた4月11日付けの閣議決定では「活力ある日本の再生につながる復興構想を早期に取りまとめる」とあるように、この会議の結果を踏まえて、具体的な復興計画が策定される、という建て付けのようだ。そうでなければ、最大限に評価しても「ただの勉強会」の位置づけにすぎない。
 そして、6月末を目処に第一次の提言をまとめることが、初回の会合で確認された。
 これは、2ヶ月以上先のことであり、この会議があるせいで、復興事業の実施が2ヶ月も遅れかねないということではないだろうか。この会議自体が復興の早期実施を妨げる存在になりかねない。
権限と責任のある者が早く動け本来であれば、首相と重要閣僚、被災した自治体の知事が集まって重要方針を決めて、必要があれば関連法案を国会に提出し、さっそく復興事業に取りかかるべきだ。
 復興の方針をまず首相の責任で国民に示し、意見や批判を募り、被災地自治体の要望を聞いた上で、事業に取りかかったり、関連法案を提出したりすればいい。
 しかし、菅首相は、震災発生から1月以上たったこの期に及んでも、「野党にも(復興の)青写真を作る段階から参加していただきたい」(4月12日、記者会見)と呼びかけている。「青写真」は、先ず菅首相の責任の下で政府が示すべきなのだが、メンバーを集めて意見を募ることが自分の仕事だと思って いるようだ。仕事の分からない社長と同様の状態といえる。
 会議の提出資料を見ると、委員である達増拓也岩手県知事が提出した主に被災地の8自治体の県・道知事連名の「東日本大震災に係る要望書」という書類がある。
 千葉県や東京都といった震災被害に関連の深い自治体の意見が反映されていない点に不備があるが、被災地域からの要望は、既にある程度まとまっている。今は、政府が具体案を国民に問うべきタイミングだ。まとまりの無い会議を開いて、無駄な時間を費やすべきでない。
 尚、初回の会合にあって、敢えて注目点を挙げると、復興財源の資金調達に関する問題が挙げられよう。

五百旗頭議長が復興税の創設に言及して早速波紋を呼んだが、先の8知事の要望書には「必要な財源の確保のため、不足する国の財源は、日銀の国債引受により対処すべきこと」(要望書3ページ。「(2)特別立法による被災者生活再建支援の特例的基金の創設」の項)とある。
 重要な問題に関して、早速意見が割れているようだが(割れていること自体は構わないし、議論は大いに結構だ)、果たして、このメンバー達はこの問題について実のある議論が出来るのだろうか。
 この話題の一方の当事者でもある五百旗頭議長の手腕が興味深い。
資金を地方に、個人に 復興にあたっては、どこにどのような街を作り、どのように各種のインフラストラクチャーを構築するかについて、多くの意見があり、議論があり得る。しかし、煎じ詰めると、重要なのは、現地の人々の意思であり希望だろう。
 国との調整が必要なものや、自治体間の調整が必要なものもあるだろうが、基本的には、使える予算を自治体に渡して、何をするかは地方地方で決めたらいい。国は、「お金は出すし、協力は惜しまないが、口は出さない」優しいスポンサーのような存在になるべきだ。
 また、広範囲な被災者に対して、生活支援のための現金を早急に支給すべきだ。復興予算の一定割合(たとえば、3割程度)は被災者個人に支給すると 決めて、早急に部分的支払いを開始すべきではないだろうか。配分の決定が遅れて、善意で集まった義援金さえも支払われていない現状は動きが遅すぎる。
「地方分権」、「コンクリートから人へ」という民主党がかつて掲げた理念を、大災害の克服にあたって、もう一度思い出すべき時ではないだろうか。
 菅首相のなすべき事は、財源と権限を早急に然るべき当事者に配分することであって、中央政府で復興の青写真作りを抱え込んで政権の座に粘ることではない。



今回の未曾有の大惨事は、都市モデルの変革、都市と地方のあり方、人と人、モノとモノ、モノと人のつながりが大きく変わる機会です。
どういうタイミングでどういう風にリソースを集中し、どういう風に変革していくのか。普通の企業であればリーマンショックをはじめとして乗り越えてきた課題を、国全体が担うことになります。それももっと大きな規模で、そして「Point of No return」な状況で。

そしてスマートグリッドや再生可能エネルギーで原子力発電のすべてを置き換えることができなくても、電力供給の脆弱性回避のため、また新しい時代を築くため、国策として開発・事業化を急ぐことが肝要。今すぐにとはいわないけれど、国策として実施すべきです。原子力発電所の是非を問うより、科学の進歩・・・特に先進国として次の世代に何を引継ぐのか、という観点から、技術歴史論的な考え方も必要かと想います。すべて危険だからと否定しては、ガンダム、ドラえもん、鉄腕アトムもできないし、恒星間飛行もできない。

まぁもちろん、数百年単位での後の話でしょうけれど。

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2011.04.24 Sun l 仕事的な日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日、共感覚をもっている、という人に出会いました。
すごいなぁ・・うらやましいと思います。

共感覚 from WIKIPEDIA

共感覚(きょうかんかく、シナスタジア、synesthesia, synæsthesia)とは、ある刺激に対して通常の感覚だけでなく異なる種類の感覚をも生じさせる一部の人にみられる特殊な知覚現象をいう。 例えば、共感覚を持つ人には文字に色を感じたり、音に色を感じたり、形に味を感じたりする。 英語名 synesthesia は、ギリシア語で共同を意味する接頭辞 syn- と感覚を意味する aesthesis から名づけられた。感性間知覚。

こういう感覚を持っている人って、
何かが欠落している・・なんて言われることがありますよね。
でも、それがどうした、って感じです。
少なくとも、凡人ではない。その時点でアドバンテージがあります。
もし欠落した部分があったとしても、
それを補える才能がある可能性が存分にあります。
きっと等価のトレードオフではないんです。
突出している、そして若干欠落している。
そんな感じでしょうか。

共感覚の経験
共感覚者は、他の人がそれをもっていないことを知るまで、自身の体験が特別なことだと感じないことが多い。一方でその共感覚を隠している者も多い。共感覚の自意識的な、また言葉では表現し難い性質は人にとっては異常だと感じられる。無意識的で一貫した性質、つまり共感覚で受け取る感覚に人為的な変化がないことは、共感覚を本当の経験だと言うことを実証している。メディアの中には共感覚を精神的な病気あるいは神経障害だと表現するものもあるが、共感覚者の多くはそれをハンディキャップだとは感じていない。ただし、共感覚は精神に負担が掛かりすぎている人もいるという報告もある。逆に、大半のメディアは「隠れた感覚」さらには「神に与えられた感覚」として表現しているし、共感覚者はそれを失いたくないと感じるものが多いという。共感覚者の多くは子供のころに他人とは異なる隠れた感覚に気づく。そして彼らは自然とその感覚を日常生活に適用させていく。また、共感覚を人の名前を覚えたり、電話番号を覚えたりすることに使うこともあれば、暗算に利用することもできる。しかし同時に、絵画・映画などの視覚的な作品や音楽を創造する上での困難になることさえある。 共感覚という現象はいくつかの共通感覚をもとに定義付けられたものではあるが、個人的な経験に着目すると共感覚とはいっても実に多様性がある。この多様性については共感覚についての研究が始まって初期のころに知られていたが、最近の研究によってそのことが再評価されてきた。黒で印字された1つ1つの文字(書記素)がフォティズム―色を認知する際に使用する高度な感覚―を生み出す刺激を促すという書記素色覚に関する研究で知られるMike J. Dixonらが着目したのは、フォティズムを外部からの刺激として感じ取る共感覚者と、内部の視覚(平たく言えば心の目)で感じ取る共感覚者がいるということだ。Mike J. Dixonらは前者を「刺激を投影する者(プロジェクター)」、後者を「刺激から連想する者(アソシエイター)」と表し、アソシエイターの方は彼らの感覚を性格に定義づけるのに、彼ら自身の主観的な感覚のみならずストループ効果を取り入れた作業の結果も考慮に入れなければならないことを明らかにした。 加えて、書記素色覚者は色というものを強く感じ、知覚を用いた作業には総じて知覚的な強調をしてしまうという。また、中には母音にもっとも色を感じ取る者もいれば、子音のほうに色を強く感じる者もいる。


概要
女性の高い声を「黄色い声」などと言うように、人類、あるいは特定の環境・文化において複数の種類の感覚を結びつける比喩的習慣が広く存在するが、共感覚はそのようなものと直接は関係しておらず、共感覚を持たない人には感じられない上述の数字に色を見るなどの感覚を、主観的な知覚現象 (クオリア) として生々しく感じている。 共感覚は五感のような基本的な感覚の種別に関してだけではなく、感情や単語や数などに関して起こることもある。 共感覚者の間での複合した知覚の関係に相関は認められていない。 例えば、ある人がある文字を青く感じたとしても、他の共感覚者が同様に感じる傾向があるとは限らない。共感覚を手がかりに主観的な心の世界と客観的な脳との関係を深く探る手がかりとしようとする研究が継続的に行われている。 赤ちゃんにおいては視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚等の異なる種類の感覚が未分化な知覚を生み出しており、通常その後の成長による感覚の発達にともなう脳の結合の変化によってこうした共感覚は失われていくとされる。この場合、成人して共感覚を保持している人は発達の過程で何らかの理由で脳の異なる部位への結合が保たれ、これらの複合した知覚もそのまま保たれているとする説もある。
共感覚の中でも、音楽や音を聞いて色を感じる知覚は「色聴」といわれる。絶対音感を持つ人の中には、色聴の人がいる割合が高い。


保持者の割合が高く、活発に研究されている共感覚
文字に色が見える共感覚(かな・アルファベット・数字など)
日本・海外問わず、共感覚者の最多数を占める。日本人の共感覚者の存在は、それ自体が、共感覚が先天的・遺伝的要因と環境的・文化的要因との輻輳(ふくそう:重なり合うこと)によるものであることを物語る。なぜならば、アルファベットのみを母語の表記に用いる欧米の共感覚者は、それら数十文字に色が見えるというだけで共感覚者と断定されている。しかしながら、かな・漢字・アルファベットを併用する日本人であっても、多くの日本の共感覚者は、かなやアルファベット(表音文字)に対する共感覚のみを訴え、数万もある漢字の全てに色が見えると訴える人は極めて稀である。さらに、形が異なるひらがなとカタカナとでは、読みが同じであれば(「あ」と「ア」など)同じ色に見えると訴える日本人共感覚者がほぼ100%である。このことから、「文字→色」の共感覚は、そのほとんどが、文字の形状に音声を対応させる抽象的能力が可能になる年齢以降に身に付いたものであるということができる。

ところが、かな・アルファベットだけでなく、あらゆる漢字や世界の文字の、どれを提示しても即座に色を答え、しかもいかなる文字を再び提示しても、全く間違えない(前回と異なる色を答えない)日本人共感覚者が、ごく少数存在する。(例:漢字の共感覚色を一年かけて記録した日本人男性の例[1])

例のように、実際には、保持している共感覚の全てが先天性のみによって発現していることが確認されうる日本人共感覚者は、極めて稀であると考えられる。欧米の共感覚者の場合、あらゆる物の形状(音声に左右されない表意文字)に先天的に共感覚を有しているのか、それともアルファベットのみに色を知覚しているのかを、文字に色が見える共感覚からだけでは検証できないことになる。従って、実際には現在の欧米的な共感覚研究は、膨大な文字や風景・物体の形状に色を知覚しているような稀有な共感覚者の知覚の実態を淘汰している可能性がある。

音に色が見える共感覚
色聴と呼ばれ、日本にも専門の研究者が存在する。

数に色が見える共感覚
数字に色が見える共感覚者であっても、漢数字やサイコロの目に「見える」色が変わらない場合、「数の大きさ」に色を感覚していると言える。 この派生で数に触感を覚える共感覚もある。ドイツの人間コンピューター、リュディガー・ガムは数の触感を使って桁の大きな階乗計算を行なっている。

時間単位に色が見える共感覚
日本人でも割合は比較的高いと考えられるが、欧米の統計では、文字に色が見える共感覚に次ぐ位置を占める。洋の東西に極端な差がある共感覚の1つ。

人の性格・姿に色が見える共感覚
オーラと同一視する向きがあるが、検証されたわけではない。
保持者が極めて少ない共感覚

人を目視しただけで触覚を覚える共感覚
ミラータッチ共感覚として、少なくとも実在は確認された。ミラータッチ共感覚の項を参照

女性の排卵・生理などに色が見える共感覚
検証が困難な共感覚であるが、文字や音楽が存在しない時代や社会にも変わらず存在可能な共感覚の1つであることから、「共感覚は人類(男性)の根源的知覚能力であった」との有力な学説を最も明確に根拠づける共感覚となり得る。また、シトーウィックらが主張するような、共感覚者には同性愛者や性同一性障害者が多いとの説の不備をも指摘し得る可能性がある

オーガズムに色が見える共感覚
倫理上、検証が困難であるが、保持を訴える者が存在する。

ミラータッチ共感覚
第三者が対象者に触れているのを見て自分が対象者に触れているのと同じ触覚が生じたり、第三者が対象者に触れられているのを見て自分が対象者に触れられているのと同じ触覚が生じたりする共感覚は、特にミラータッチ共感覚と呼ばれる。第三者を介さずに、対象者の身体部位を目視しただけでその部位に実際に触れたのと同じ触覚が生じるケースもあるが、「ミラータッチ」という呼称はふさわしくないことになる。また、第三者が非人間(物体や動植物)であるケースもあるが、これも「ミラー」とは言えない。すなわち、「ミラータッチ」という呼称は、他の人間を介在させてまた他の人間を触る(他の人間の身体を自分の身体であるかのように借りる)共感覚に与えられるものである。これに該当しない例外については、今後新たに呼称が与えられる可能性もある。

男性の中には、ミラータッチ共感覚が女性に対してしか起こらない者がいる。これらの男性は、第三者や物体が女性に触れて(触れられて)いる光景を目視するだけで、その女性に触れている(触れられている)触覚を生じる。

これらミラータッチ共感覚者の訴える特異な感覚の存在は、いくつかの実験によって確認されている。例えば、Michael J Banissy & Jamie Ward らによる実験では、頬への刺激を用いて、「実際に触れていない頬を触れられたと答えるエラーが、ミラータッチ共感覚者において頻発する」ことを検証した。

ミラータッチ共感覚によって生じる触覚は、対象者や物体に物理的に接触した場合と同じものであると感じられるにもかかわらず、多くの場合、自我と他我との区別、物理的接触と共感覚的接触との区別への理解が失われることはない。


やっぱり私の様な凡人は、こういう能力をうらやましいと思います。
実際にそうなっている人は、もしかしたら苦労しているのかもしれませんし、
その能力を何に使えばいいのか・・戸惑っている人もいるのかもしれません。
ただ、私はいいたい。せっかくもった能力なので、
それを有効につかう「責任」がある、という見方もできませんか?
共感覚・・・少しキーワードとして頭に入れておきたいと思います。
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2011.03.01 Tue l 仕事的な日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
さて、土曜日も終わり、明日また自宅を後にして単身生活に戻るわけですが、
何となく、最近の生活に反省をしたくなり、徒然書いてみます。

35歳を越えてから急激に集中力と持続力が無くなった自覚あり。
転勤&単身赴任となり、「これじゃまともな生活ってできないよね」
ということも思ったり。

しかし、やっぱり自分への言い訳でした。

さて、最近の生活を振り返り。

1)平行していろんな案件が走っている
   → だれだってそうだ
   → 昔はちゃんとしてただろう
2)HDDレコーダーって便利だから、ついつい見ようかどうしようか、
  というドラマやバラエティーを録り溜めてします
   → 自業自得としか言い様が無い
3)殆ど毎日お付き合いがあり、帰宅が遅いし、何もする気力が無い
   → 自業自得。断るときには断るべき
4)ストレスでついつい食べてしまう。また動いていないから代謝も悪い
   → 自制力が無いだけ
5)おまけに研修とかあって、宿題が山積
   → 飲まずにきちんとすれば?
6)今日みたいに天気がいいのに、一歩も外に出ない
   → 末期症状だ・・
7)お勉強もいろいろあるし、なかなか集中できない
   → 自分で好んでやってるんでしょう??
     イヤならやめれば??

結局、仕事→ストレス→飲みにいく→翌日動けずまたは調子が出ない
→仕事が溜まる→ストレス→飲みにいく・・・の負のスパイラル。

ここらで少し考え方を変えて、初心に戻ってみるかなぁ・・

1)先ずは昔の様に隔日でも運動する
2)無茶食べはしない(飲みはとりあえず・・として)
3)飲んで帰らない日を3日/平日5日間は作る
4)昔の様にきちんと毎日、青汁を飲む
5)休みの日には外に出かける
6)休日の朝は早く起きてみる(無理にでも)
7)勉強(特に語学)は定期的にきちんとスケジュールを組んでする

と、何だか若者っぽいステートメント。

先ずは反省、そして実行。
明日帰宅かぁ・・・新幹線の中でどれだけ宿題ができるかが勝負だわ・・


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2011.02.27 Sun l 仕事的な日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日も(飲まなかったのに)帰りが遅かったのは
やっぱり予算の季節だから。

業種にもよるかと思いますが、
来期の予算も、そんなにジャンプアップできないですよね。

ちょうど今年、中期経営計画を立てたばかりで、
予算を見越して作ったつもりが、
それでもなを、それより状況が悪い・・・

会社の中では黒字を出している分野なのですが、
それならそれで「中計との乖離が大きい」とか言われ、
んなこと言われてもね~的な日常が繰り返されています。

企画という仕事柄、予算の取りまとめをするのですが、
平行してこの時期は来期人事の時期。
来期体制をどうするかとかも考えないといけないし・・・

あわせて経営案件が2つ3つあって、
予算とか通常の会社のスケジュールとは違うところで
バタバタしていたり、
事業部のサポートに入っていることもあって
その整理も重なってプロジェクト会議が立て続けにあったりと、
頭の切り替えだけで首が折れそうです。

おまけに来月ある研修の宿題もしないといけないし、
明日の新幹線の中が勝負です。

と、愚痴を書いてみるのも、
ブログの使い方なのかなぁ・・・

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2011.02.23 Wed l 仕事的な日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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