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以前の記事で、復興・復活・再生等、「共通キーワード」の選択がモチベーションにつながり、それによってその内容も変ってくること、また復興には人・体制・場の設営が重要であると書かせていただきました。関東大震災の際の復興計画は、情けないことに今回初めてその詳細に触れ、あらためて人の力を知ることになりました。

企画屋のはしくれとして、その復興のプロセスのほんの一部について想うところをlogしたいと想います。自分の想いにいつも「ぴぴっ」とくるアゴラさんの記事引用中心で申し訳ないですが、自分の想いも織り交ぜつつ、書かせていただきます。

劣悪なニッポンの景観 ―復興で街並みは変わるか―赤沢 良太
配信元:アゴラ

建築基準法には、地震と風の規定はあるが、津波は考慮してない。土木学会は、津波を堤防等で防ぐとこはできないとコメントした。建築・構造物にも限界がある。それはそれで、対策を考えなくてはならない。

まだまだ復興という段階に至っていないが、再建する際には、乱開発の歯止めをかけてほしいと思う。まだ不謹慎か。まずは生活の糧を確保せねばならないのだから。

しかし、中長期的な復興を考えると、近代の日本の景観はよいものだったろうかという反省も欲しい。否、ヨーロッパの街並みと比べたら貧困だ、と答えたら、それは西洋中心主義オリエンタリズムに侵された偏見だと批判されるだろうか。
しかし、私はここで、日本の景観には多くの問題があるという立場をとる。明治維新以降の急速な西欧化による乱開発や戦後復興に大きな原因があるのかもしれない。日本の為政者には都市景観に対する思い入れがなかったからなのだろうか。

文明開化以降の具体的な都市景観の劣化は、建物の形式が和洋混在となり、かつ制限が緩かったので、スカイラインがまったく不揃いになった。斜線制限も最悪だ。電柱と電線の錯綜で、見苦しい。交通量の増加に対応し道路網整備を無秩序に行った。緑地を含む公園を配置する考えもない。

それでは、はるか昔には、景観に対する理解があったのかといえば、怪しい。そのような理解がなくても、江戸の景観は結果的に美しくなったといえる。江戸時代の風景画を見れば分かるが、武士や町民の住宅は構造も部材も寸法もほとんど同規格で、建物の高さや形状に大きな差異がない。そこに大名屋敷や寺社が変化をつけた。周縁には緑地も残っていた。これらは、為政者が意識的に作り上げていない。結果として現代の私たちから見て美しい街並みができた。

その後、戦後の高度経済成長期以降は高速道路や鉄道の高架が都市景観を大いに劣化させた。電線の地下埋設化は進まない。建物の高度規制や外観保存も統一性がまったくない。乱開発の負債を清算するには時間がかかる。

また、都市計画や景観の法律は、必ずしも強制型の法律にはなっていない。手続きと守る範囲が書いてあるだけで、あとは市町村に投げる。市町村が頑張らなくてはいけない。

また、日本の法律では、空地はよいものだと考えている。だから、様々な建築を拘束する規定の緩和をするとき、空地をとれば、その見返りとして制限の緩和をする。つまり、空地さえ取ればどんな建物でもよいとなる。建築行政の貧困だ。その結果、街並みは壊れ、建物と建物の間は歪になった。

もちろん行政は、壊しただけでなく、建て込んだ街並みを直したり、狭い道路を広げたりした。しかし、今は建て込んでいる町中に超高層が建つことを許す。街をつくっているとは言いがたい。

法的には、斜線制限や日影規制、セットバック緩和、天空率の導入、集合住宅を突出させる住宅容積率の緩和などいろいろあったが、建築の形や街並みを考えない都市計画法や建築基準法で規制しようとするのが過ちの始まりだ。また、都市計画法は大都市だけの法律にして、あとの都市はそれぞれに応じた法律にしてはどうだろうか。建築基準法も、気候の違う地域が一律というのはおかしい。

提案としては、税制をまちづくりに連動させるのはどうだろうか。景観が良いものを作ると資産価値が上がる。ところが、そうすると固定資産税は上がる。本来自分の資産価値が上がるのを誇るべきだと思うのだが、どうもちがう。今の税システムも問題だろう。コンクリートにすると税金が上る。これでは、地震に強い街にはならない。景気浮場のため容積率アップや規制緩和が大手を振っているが、この税制は改善されない。しかし、景観行政でも税制は大きな力を発揮するだろう。



ツイッターでもRTした記事なのですが、バルセロナのサグラダファミリア付近の上空からみた風景という記事がありました。普段目にするのはサグラダファミリアを見上げる風景。でも上空から見下ろすとびっくりするくらいの風景が広がります。
そういう構想感、設計感、何より将来感を持って望んでもらいたいと想います。せっかくの機会でもあるのですから。
しかし、ただ想うだけではだめな様で・・・税金と絡めるあたり、まったく字b分の了見の狭さ・浅はかさに愕然としつつ、さすがすごい・・と思いました。

これは圧倒される…バルセロナを見下ろした風景に世界中から驚きの声 らばQ

らばQより「サグラダファミリア付近を上級から撮影したもの」
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実際の物理的復興もさることながら、日本が世界に誇るアニメーションの世界に何かヒントはないでしょうか?

仮想世界での速やかな復興。先日書いた記事「9.11で生まれ、3.11で死んだソーシャルメディア」の様に、いい面も悪い面も含めて、今回あらためてネットワークパワーというものが顕在化したと想います。


東北エリアの今後の復興方法について記載された記事があります。

東北を電力ベンチャー拠点-大西 宏
配信元:アゴラ

現在稼動している原発を止めるかどうかの議論はこれからのことでしょうが、少なくとも日本では新しい原発施設の増設は現実的ではなくなりました。とうぜん、化石燃料による発電は、資源価格の不透明性、また二酸化炭素増の問題があり、自然エネルギー利用へとむかっていくものと思います。しかし、なにゆえか太陽光発電だというにところに結論が集まりすぎているように感じます。あまりにも結論を急ぎすぎているのではないでしょうか。
どの発電方式が望ましいか、あるいはいくつかの発電方式の組み合わせ技術なのか、それはどのようなイノベーションが起こってくるかで変わってきます。

ソフトバンクの孫社長から、「自然エネルギー財団」設立、東北の復興事業としての「東日本ソーラーベルト構想」までが示されていますが、もちろん東北で太陽光パネル生産の拠点化を行えば、東北経済復興の役には立つでしょうが、問題はその後の運営がどうか、採算性がとれるのかの問題が残ります。

疑問に感じるのは、池田信夫さんもご指摘のように政府からの補助金を頼りにしなければ成り立たないというのでは、電力の本命といえるかどうかは危うさがあります。また太陽光は昼間の電力ピーク対策には有効でしょうが、天候に左右されるために発電量が安定しないという問題もあります。積雪地帯の多い東北で冬期の発電が確保できるのか、あるいは設備の保全も懸念されます。

池田信夫 blog : 再生可能エネルギーは原発の代わりにはならない

しかし、池田信夫さんのこの議論でも、「原発」対「太陽光」の二者択一のようになってしまっていることろが気になります。

自然エネルギーによる発電と言っても、なにも太陽光だけではありません。水力、風力、バイオマス、地熱などさまざまな技術がありますが、いずれにも課題があり、まだ本命だと断言できるものがあるとは思えません。

しかし、特に東北地方は、環境省が、風力や地熱、水力発電などで火力や原子力などによる現行の発電量を上回る潜在力があるとする調査結果を発表しています。
風力や地熱の潜在力大きいと発表 東北のエネルギー調査 - 47NEWS(よんななニュース) :

また最近明るいニュースが連続しているのが地熱発電です。
東芝、ニュージーランドの地熱発電所向け設備を受注 - ITmedia ニュース
「地熱」輸出、官民タッグ インドネシア試掘で円借款 (1/2ページ) - SankeiBiz(サンケイビズ) :

こういった自然エネルギー発電を促進するためには、発電事業への参入障壁を取り除くことが絶対条件になります。政府主導のプロジェクトで成功したものなどはなく、発電と送電、配電で、発電の自由化を推し進めることでしょうが、まずは東北エリアに、東電エリアに売電するための電力会社設立を促進してはどうかと思います。

商社でも、製造業でも、東電以外の電力会社でも、あるいはまったく異なる分野からでもいいのですが、重要なのは事業として行わなければ、本当に必要なイノベーションは起こってきません。急ぐべきは発電方式を今決めることではなく、電力ベンチャーが起こるスキームをつくることなのです。

また、どの発電方式が望ましいかは市場が評価し、淘汰してくれます。電力自由化を進め、さまざまな発電拠点を東北にまずは集約させ、今後の東電エリアの電力を供給させればいいのでなないでしょうか。



東北エリアに東電へ電力を売るための電力会社を作る。しかも異なる分野からでもいい。確かに事業視点で考えれば、誰が起点になってもいいし、逆に全く異なる分野の人の舵取りが必要なのかもしれません。


復興において、ジャパンリスク・・・裏返せばそれだけブランドがあった日本・・・をどう立ち直らせるかということも、重要なイシューです。これは国というより、企業人たる自分達の方に大きな責があるのだと想っていますけれど・・


ブランディングの視点から見た震災- 青山 永  
配信元:アゴラ

ブランディングに携わる者として、今回の震災をその視点から捉えてみたいと思います。
ポイントは下記の3つと考えます。

1)「ジャパンブランド」の顕在化と毀損
2)「コモディティとブランド」の関係
3)震災対応における「コーポレートブランディング」

今回の震災において、長期的な視点から最も深刻な問題の1つがジャパンブランドの毀損です。世界で最も安全に対しての要求水準が高く、それに対応した価値基準や技術力を持っていることで築かれたジャパンクオリティというブランドは、残念ながら原子力発電所の事故によって完全に否定されてしまいました。したたかさと論理性を欠いた政府の言動とメディアの煽動により、それがより悪い形で世界に流布していきました。
長い年月を掛けて築かれてきたジャパンブランドは、これまで多くの日本人自身に強く認識されていませんでしたが、皮肉にも今回の震災により、より多くの日本人に印象づけられるされることとなり、そして同時に傷物になってしまいました。このまま放置すれば、ジャパンブランドはじわじわとさらに価値を下げて行ってしまうでしょう。

これまでジャパンブランドを利用して観光立国を目指していた日本の政策は、それを復活させるために多大な時間とコストを掛けなくてはならないでしょう。本来、長い年月をかけた信頼の蓄積によって築かれるブランドも、現在は意図的に強化されることで短期間にその価値を高めています。これまでの「結果としてのジャパンブランド」から、「戦略的なブランドの構築」への進歩が期待されます。せめてもの救いは、被災者の方たちがとった高い倫理観に基づく行動は、日本の国民のブランド価値を高めたともいえるでしょう。

次の視点は「コモディティとブランドの関係」が変わったことだと感じます。
教科書的なブランディングにおいては、成熟した消費社会においては、あらゆる消費財がコモディティ化していくので利益率は低減し、その商品のライフサイクルも短命化していく。そこで何らかの差別化を行い、「特に選ばれ続ける」ためのブランド化を行わなければならないとしています。
しかし、今回の震災においては、コモディティの最たる物である、水やトイレットペーパーなどといった商品の重要性が当然のことながら再認識されました。これは被災地だけではなく、サプライチェーンが途切れてしまった流通の姿や、意外にも多くの人が行った買い占めという行為も巻き込んで、日本全体において、本当に必要な物はなんなのか、それは所有すべき物なのか、いくらでそれを買うのか、というブランディング以前の問題となり、物財に対する顧客期待値もリセットされてしまったと言えるでしょう。この状況は今後の消費行動にも影響を与え続けることになると思います。

また究極のコモディティとして電力をあげることが出来ます。これまで電力はブランディングから最も遠い位置にあったと言えますが、今後はどのような手段で作られた電力なのか、誰が作った電力なのかが意識されるでしょう。若干意味合いは異なりますが、そのクリエイティビティによって高く評価されているApple社が、データセンターの電力消費に関して、石炭由来のエネルギーを大量消費しているという事実が環境保護団体のグリーンピースによる調査で明らかにされ問題化している例もあります。

最後に、当事者が意図的にそう考えたかどうかは別として、震災対応によってブランド価値を高めた企業があったという視点です。例えば大手の流通企業は、その強固な物流システムと企業グループの総力を活かして、政府よりも確実に、正確に被災地への救援物資を運び入れることを実現しました。これまで地域社会の小売業を圧迫したという否定的な論調で語られることも多かったショッピングモールやその核テナントとなるGMS,また市中に展開するコンビニエンスストアなどが、今回の震災時において、救援物資の提供や、いち早く営業を行うということで、ライフラインの確保に貢献したことは、彼らのブランドイメージを大きく向上させたことは明らかです。
もちろん、彼らの物流システムは数多くの協力会社の集合によって成り立っている事も多く、例えば輸送トラック1つ取っても、その1台1台のトラックには個別の運輸会社の名前が入っている訳ですが、荷台に大きく書かれた「統一された1つの小売ブランド」として人々に語られることで、そのブランドは大きな恩恵を受けているわけです。

また、巨大企業の創業者などが、多額の寄付を行ったことなども、その企業ブランドのイメージを大きく向上させたと言えます。あえて意地悪な見方をすればですが、例えば携帯電話の例で言えば、本来であればこのような震災時おいて最も重要なのは通話品質自体であり、それを支える基地局やアンテナへの設備投資が問われるはずですが、その数千億円以上の投資を避けてきたことが問われるよりも、創業者の百億円の寄付によりブランドイメージを向上させることができたのであれば、安い物だったのかもしれません。

以上のように、ブランディング観点から今回の震災をとらえてみました。傷ついたブランドを建て直すのは、新たにブランドを確立することよりも難しい場合が多いです。今後の復興において、ジャパンブランドを再び輝かせるという視点も、時の為政者には持ってもらいたいと願うばかりです。
(青山永  株式会社齊藤三希子事務所 代表取締役)



ジャパンブランドを復活させるのか、もしくは新しいジャパンブランドを創り上げるのか、とても考えるところでもあります。悲しいかな弊社はドメスティックなビジネスを主体としてきて、その転換点として過去数年でグローバル化を目指して大きな経営方針の転換をはかりました。結果的に海外売上高比率/利益比率も半分とは言えませんが上がってきて、ここしばらくの円高で苦しい想いをしてきたところでした。そこへきてこの震災。概ね回復してきてはいるものの、原料がない、販売先がない、客を海外企業に取られて行く、そんなズタズタなサプライチェーンの状態で、回復を待っていていいのだろうか・・とも思います。思い切って、グローバル戦略を見直すとか、サプライチェーン戦略を見直すとか、そういう舵取りをしないと、段々と負のスパイラルへ落ちていく気がします。建て直しは新ブランド確立より難しいというコメントがありましたが、それぞれのレベル(会社、団体、国・地域、等)によって考え方も異なると想うので、それぞれが良く考えて決断し、全体としてよい方向にいくことが最終的にジャパンブランドの建て直しにつながるのかなぁ・・と想います。

時に、やはりポイントは人の話になりますね。
有事の際、そして復興の際に必要なリーダー像に関する記事をlogします。

「有事でも変わらないリーダーシップの本質」 ロバート・サイデル アメリカン・エキスプレス日本社長に聞く
配信元:ダイヤモンドオンライン

――震災時はどこに?

 出張先のニューヨークにいた。現地時間の午前3時ごろ電話で知らされ、飛び起きて、すぐさま対応を指示した。

――どのように対応したのか。

 当社には、自然災害など非常事態が発生した際に、状況の把握や対応に当たるクライシスレスポンス(危機対応)チームがある。情報システムからセキュリティ、オペレーションなどさまざまな部署の社員で構成され、有事の際には、世界の主要拠点で編成されることになっている。今回もそのルールに則って、危機対応チームを編成し、事態に対応した。

 最初に心配したのは、社長として当然、全社員の安否だった。われわれは、自然災害のように大きな潜在リスクがある非常事態においては、社員の安全確保にプライオリティを置く。東北エリアにいた社員やその家族の安全を確認できた後は、顧客対応に全力を注いだ。

――今回のような非常事態に遭遇したことはあるか。

 当社は多国籍企業なので、世界の各拠点で過去にも深刻な災害に何度か直面している。2004年のスマトラ沖地震もそうだ。こうした事態に際しての対応の仕方については、経験があることから、比較的よく理解している会社だと思う。実際、今回もアジアの他の拠点は日本オフィスを迅速にサポートしてくれた。日本が震災対応という喫緊の課題に経営資源を集中できるようにと、他の課題を引き受けてくれたのだ。

 また、個人的にも、前赴任先のタイでスマトラ沖地震を経験している。2004年当時、私はすでにタイオフィスから日本オフィスに転じていたが、そのときは偶然タイにいた。そうした経験もあって、自然災害の怖さは身にしみて分かっているし、危機の際のリーダーシップについても、マニュアル以上のものを自分自身で感じ取っているつもりだ。

――どう感じ取っているのか。

 いわずもがなだが、まずリーダーたるもの、ほんの僅かでもパニックしている様子など見せてはいけない。危機の際には、社員はいつも以上に真剣なまなざしでリーダーたちの一挙手一投足を見つめている。社長に限らず、職場の各リーダーが少しでもパニックしていると分かれば、その気持ちは伝染し、組織内で増幅され、社員の混乱を招くことは必定だ。

 第二に、組織の誰をも巻き込む災害のようなケースにおいては、コミュニケーションの重要性はよりいっそう増すものだ。たとえば、福島原発事故発生以降の最大の不安は、情報が不足していたことだ。もちろん、われわれは“外側”をコントロールすることなどはできない。しかし、少なくとも“内側”は違う。限られた情報の中で、明確な判断を迅速に提供することで、組織内の要らぬ混乱を避けることはできる。

――しかし、原発事故をめぐる不安は、情報不足もさることながら、信憑性に乏しい情報がたくさん飛び交ったことだ。憶測情報の中で経営判断を下さなければならないところに難しさがあるのではないか。

 その点については、私はこう思う。リーダーは報道に振り回されてもいけないが、報道に耳を塞いで憶測として一方的に排除するのもいけない。とにかく切迫した時間の中でスピーディな判断が求められているのだから、各方面の見識に照らして情報を精査し、社員に伝える際にはどこまで確証が得られているのかも含めてオネスト(誠実)になることだ。

――実践例を教えてほしい。

 たとえば、3月23日に、東京都の水道水から基準値を超える放射性ヨウ素が検出され、乳児の水道水摂取は控えるようにとの報道があった。この場合の乳児とは、1歳未満ということだったが、私はそのニュースを伝えたうえで、1歳未満ではなく3歳以下の子どもを持つ全社員を対象に、家に持ち帰るペットボトルのミネラルウォーターを提供することを即座に決めた。報道や発表よりもコンサーバティブな方向で決断を下したわけだ。こうしたときは、安全第一で保守的に判断すべきだと私は信じている。

 大事なことは、とにかく素早く行動することだ。われわれにはすべての情報はないかもしれないが、その中でベストと思われるディシジョンを迅速に下し、社員と対話するのだ。ちなみに、この点は、有事、平時に関係ないリーダーシップの不変の部分だと思う。

――それは、どういう意味か。

 普段のビジネスライフでも、今回のような非常事態の際にも、オブジェクティブ(目標)に対して最大限クリアでなければならないということだ。ゴールやビジョンについて、リーダーは暗示的ではなく明示的でなければならない。目標が社員に理解され、シニアリーダーチームのサポートを得られて初めて社員とのコミュニケーションは可能になるものだと思う。

 要するに、有事の際のリーダーシップは、平時の際のリーダーシップの積み重ね、すなわち社員の信頼をベースにしているものであることを忘れてはならない。対話をせず一方的に命令することがリーダーシップであると思っているとすれば、それは平時にも有事にも有効ではないだろう。

――あなたは、そうしたリーダーシップの要諦を実践できていると思うか。

 そう願っている(笑)。私はとにかく人びとのダイバーシティを引き出せるようなトップでありたいと思っている。

――ダイバーシティを引き出すとはどういう意味か。

 日本でダイバーシティ(多様性)というと、直感的に人種や文化、性別を想起するかもしれないが、私はこの言葉の含蓄はもっと深いと思っている。もちろん、女性の幹部登用は、ビジネス社会においていまだに大きな課題だ。特に日本ではそうだろう。だが、それと同等のレベルで、性格や発想のダイバーシティを尊重することも重要だと考えている。

 たとえば、アメックスの日本オフィスには1000人以上の社員がいるが、“ガイジン”社員はじつはそれほど多いわけではない。つまり大多数は日本人だ。しかし、パスポートのダイバーシティはなくとも、性格や発想のダイバーシティは豊富に持てるはずだ。

 私は、リーダーになって比較的早いうちに、人にはそれぞれの性質にあった貢献の仕方があるということに気付いた。内向的な人もいれば、外交的な人もいる。プロセス志向の人もいれば、クリエイティブな人もいる。リーダーの役割は、その良さを引き出すことだ。クリエイティンブな人をプロセス志向にはできないし、その逆も無理だ。物静かだからといって、組織に貢献していないわけでも、何も考えていないわけでも、相対的に良い考えを持っていないわけでもない。ダイバーシティを定義し、それが生かされる職場環境を作ってあげることがリーダーの役目だと私は思う。

――尊敬するリーダーはいるか。

 経営者ではないし、故人になるが、二人のリーダーを尊敬している。

一人はロナルド・レーガン元大統領、もう一人はロシアのピョートル大帝だ。

 私は、リーダーを評価する際には、二つの軸があると思う。ひとつは何を実現したかというWHATの部分であり、もう一方はどのように実現したかというHOWの部分だ。

 たとえば、レーガンについて、私は、彼のWHAT、すなわち実現したことや政策の全部に賛同しているわけではないが、実現したいことに対して明確なビジョンを持ち、国民に的確に伝えることができた偉大なコミュニケーターである点に深い尊敬の念を抱いている。具体的には、周囲の批判や懐疑論にも動じず、自分の任期中に冷戦が終結できると信じ、そのビジョンを説得力ある言葉で伝えつづけ、アメリカ社会のためだけではなく世界のためにアメリカができることに国民を気づかせた。

 ピョートル大帝については、WHATの部分を尊敬している。52年の短い人生で、彼は当時前近代的国家にとどまっていたロシアを一気に欧州の大国に引き上げた。ロシアの針路に対してビジョンを明示し、強い指導力と対話力によって、それを実現させた。

 彼らに有事と平時のリーダーシップのあり方を聞いても、本質的に違いはないと答えてくれたのではないだろうか。




タイムリミットは9月、復興は日本再生の一里塚出でよ真のリーダー
配信元:JBPRESS

 今回のゲストは、元総務省大臣官房審議官で、阪神・淡路大震災当時の対応を指揮した稲村公望さん。有事の政治のあり方、復興予算や東電への対応、また経済性のみに走りすぎた原発の実態などをお聞きしました。


原発問題の根底にあるのは金儲け第一の市場原理主義


稲村 地震はもちろん天災ですが、福島原発の惨状は明らかに人災です。

 確かに津波の威力は途方もないものでした。公式には高さ十数メートルということになっていますが、映像を見ると実際はもっと高いのではないか。しかし、だからといって「想定外」の一言で片付けるわけにはいきません。
 私は金儲け第一の拝金主義、市場原理主義こそが、根本的な原因だと思っています。もともと40年だった設計寿命が、いつの間にか60年に引き延ばされたというのは、つまりそういうことでしょう。
 減価償却が終わった施設は運転すればするほど儲かります。利益を最大化するという市場原理主義に則るあまり、安全をないがしろにしたわけです。
 そもそも、ひとたび事故が起きれば自然環境がどうなってしまうか分からないのが原発というものです。将来に責任を持てないにもかかわらず、ただコストが安いからと原発を造り、絶対安全だと言い続けてきたのは大きな間違いでした。
 もちろん儲からないことばかりやっているわけにはいきません。しかしこの20年ほどを振り返ると、効率性、収益性ということばかりが偏重されてきたように思います。

 私はあえて利益を度外視することの大切さを、ここに強調したい。郵政民営化に反対した理由もそこにあります。儲からないことをあえてやるから本当の信頼を勝ち得ることができるのであり、それは公的な存在であってこそ可能なのです。


政府は大胆な復興予算を組むべし。TPP参加は止めよ!

 政府に苦言を呈したいのは、震災への対応があまりにも遅いことです。被災者の方々のための仮設住宅などは、予算がどうこういう前にどんどん造るべきです。一刻を争う問題なのですから、金の話は後回しでいいでしょう。
 スマトラ島沖地震のときもハリケーン・カトリーナのときもそうでしたが、世間の関心は半年もすると薄れてしまうものです。すぐにでも議論を深めて、あと5カ月のうちに復興の方向性を細部まで詰める必要がある。これに失敗したら、日本という国は「沈没」しかねないと思います。
 幸いにして日本には金があります。郵政の金だって何兆円とある。民営化で目減りしたにしてもまだ多くは残っていますから、それを原資にして復興予算を作ってはどうでしょう。
 こういうときはちまちましたことを考えずに、ある金を大胆に使うべきです。金持ちから税金を取るならともかく、消費税率を上げることはありません。

 もうひとつ、TPPには参加すべきではないことも声を大にして言いたいと思います。政府は震災のどさくさに紛れて閣議決定しましたが、とんでもないことです。
 参加することで潤う業界も一部にありますが、日本全体で言えば明らかに損をします。背後には、裕福な日本から金を巻き上げてやれという海外の勢力と、尻尾を振ってそれに与する国内勢力がいる。
 菅(直人)総理は「第三の開国」と言いましたが、TPPは「第二の敗戦」のような事態を招きかねません。中身を知れば日本人の大半が反対するはずですが、そうなる前に決めてしまおうとしているのも大きな問題。とにかくTPPには断固反対です。

中略

政治の枠組みもライフスタイルも、根本的に変えるべきかも?

 今の日本は真の指導者を必要としています。私が思うにそれは、小さなことにこだわらず、超然と大局を見て適時適切な決断を下し、部下を信頼して実務を任せられる人物です。
 菅総理がそういう指導者かどうかについては、疑問を呈せざるを得ません。被災地を訪ねて、ヤジを飛ばされたり罵倒されたりしているとなればなおさらです。
 責任問題は別として、菅さんは事態が落ち着いたところでなるべく早めにお辞めになった方がいいと思います。国もそうですが、組織というものは、この人のためならと思われる指導者がいないと持ちません。何はなくともみんなに支持されるということが、リーダーの必要条件なのです。
 問題は菅総理が辞めた後、どうするかですが、私は政党という枠組みを超えた政界再編をすべきだと思います。
 国が未曾有の危機に直面している今、平時のルールに縛られることはありません。権力機構としての政府を国民のために動かすということを、最優先すべきです。
 与党から総理を出すことにこだわらず、例えば人格的に優れた人を選ぶというのもひとつの方法でしょう。
 ある意味で、今はいろいろなことを根本的に変えるチャンスかもしれません。政治の枠組みもそうですが、エネルギー政策も太陽光発電や地熱発電などにシフトすべきです。
 電気をむさぼるように使う私たちのライフスタイルも、これを機に見直してはどうでしょう。




上記記事の中に「意識の希薄化」という内容がありましたが、確かにそうかもしれません。何も普通に暮らすことが悪いわけではなく、危機の只中にいることを、感じないといけない人が感じ続ける必要があるということだと想います。


復興、再生の強い意思を胸に、日本人ひとり一人が行動を始めることが重要
配信元:アドタイ

「危機的事態」への意識、次第に希薄化

東北地方太平洋沖地震及びその後の津波で被災を受けた多くの方々の状況を考えると、心が張り裂けそうになるが、さらに続く原発問題、計画停電、余震、液状化現象など、現在も対応しなければならない課題は山積している。

さらに、日本に対する原発風評問題や夏以降の節電などで生産物のキャンセルが相次ぎ、外国からの観光客は大幅に減少、国際会議の開催場所も国外へ変更されるなど、その影響は日増しに大きくなっている。

一方で、政府等の行う記者会見に対する国民の反応は徐々に希薄化し、危機的事態そのものが平常時と同じくらい冷静に、いや無頓着になりつつあると感じるのは私だけであろうか。

先日、福島県に在住していた友人ご家族が避難所生活から脱して大阪へ移り住んだことを聞いた。そのために東京で働いていたお子さんも仕事を辞め、両親とともに大阪へ引っ越した。しかし、2週間後には、慣れない地方生活に精神的に疲弊し、再び故郷の土地の匂い、懐かしい環境に会いたくなり、福島に戻られた。お子さんは東京に再び戻ったが、同じ仕事につけず、今も職探しをしている。

今、「変化」への対応が求められている

最近では、危機的事態もその裾野は大きくなるばかりであるが、関心は空洞化しつつあるように感じる。PTSDで苦しんでいる人々、余震があるごとに眠れぬ夜を過ごしている人々、私の周りにもそうした苦しんでいる人々が多くいるが、そうした人々の声も聞こえなくなってきている。

日本はこれからも危機的事態を受入れながら、日本人という相互の心の絆を強固にして、強い精神を持っていかなければならないと思う。ただ流れに身を委ねるのではなく、ひとり一人が今後も続く課題や新たな危機に、挑戦し乗り越える強い気持ちを無くしてはならない。

再生にはまだ長く時間がかかることをしっかりと認識した上で、声なき声を集め、お互いに助けあう優しい気持ちを持ち続けることが復興の一番の早道である。

電車でご老人に席をゆずる若者を見た。新聞を広げて他の乗客に迷惑をかけるような人を見なくなった。目の悪い方を誘導してあげている高校生がいた。日本人の絆は、小さい積み重ねではあるが、徐々にその結びつきを確実な強さに変えつつある。

「変化」を受入れ、対応する力を身につければ、日本という国は再生ができる。重要なのは、今日からその行動をひとり一人が始めることだと思う。




ここに引用させてもらった記事を、素人ながら見させてもらって、いろいろ考える機会ができたことは、自分にとっては不謹慎ながらありがたいことなのだと想っています。
後はこういう貴重な意見をどう活用できるか・・・がんばらなきゃ。








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2011.04.30 Sat l 仕事的な情報 l コメント (0) トラックバック (0) l top
さて、企画屋の「はしくれ」として、いつかlogしておきたかった、今回の復興についての記事。
未曾有の危機的状況からどうやって日本を復興するのか。
復興という言い方がいいのか。それとも再生なのか。復活なのか。誕生なのか。
そのはじめの「定義」が、皆のモチベーションを左右するという点で、
非常に大切だと想っています。

弊社も今回の震災で痛手を負いましたが、即致命的ではなかったために、かえって非常に不味い「中途半端な危機感」しかもてなかったのではないかと危惧しています。
先ずは「目に見える状況の復活」。それに中途半端に時間がかかったものだから、その間に大きな・・・将来的な危険の察知を忘れてしまう。
6月ショックとか8月ショックとか言われていますが、「そんなものより先ず目先だ」という議論が先行し、それにリソースが割かれ、2:8理論でいう「2」の部分の人たちが疲弊し、そして結果的にまともなリスクアセスメントも無しに危機を迎えてしまう。そんな状況だけは避けたい、という企画屋としての最低限のプライドはあるのですが・・・

本音からいえば、これを機会に、ストックポイントや流通そのものの見直し、今まで見てきた川上・川下産業のまた更に川上・川下までの可視化を含めたコントロール体制構築といった、サプライチェーンそのもの見直しから、従来から歴史的についてしまった脂肪分・・・いわゆる「ぜい肉」のそぎ落とし・・・危機的状況が共有化されているからこそできる抜本的且つ徹底的なリストラ、組織編成の見直し、そしてそれらをITと絡めた抜本的な自動化・可視化によって、コントロール可能な運用体制を作りたい、というところですが、もちろん費用、リソース、何より危機感と抵抗勢力という点から、実現できないのが現状です。

「のどもと過ぎれば・・」とはよく言ったもので、やけどしそうな熱いものをやっと飲み込んだといって安心していたら、頭の上にグラグラ煮立った鍋が今にも落ちそうな状況であることを忘れていた・・・それがなかなか落ちないものだから、危機感に慣れてしまい安心してしまう。そういう状況であるという認識が、なかなかもてないのも現状の悲しさではあります。

で、日本の話に戻りますと、非常に興味深い記事がありました。中心型首都機能論から脱するべきという記事です。

脱中心型首都機能論とは何か? - 京極 真
配信元:アゴラ編集部


1.再燃する首都機能移転論
東日本大震災は、一旦幕引きされかけた首都機能移転論に再び灯をともすことになった。国土のわずか0.6%に首都機能を集中させる現行方式のリスクが、東日本大震災によって顕在化したためである。

超党派の「危機管理都市推進議員連盟(NEMIC)」は、首都・東京が大災害やテロなどによって機能不全に陥った場合に、代替機能の役割を担う「副首都」 建設にむけて検討をはじめている。首都・東京をバックアップできる副首都を複数用意することにより、首都機能一極集中型よりもリスクヘッジできるようにし ようというのだ。

2.首都機能
一極集中型と首都機能バックアップ型は同じ穴の狢である 筆者は首都機能一極集中型も、今回NEMICが進める首都機能バックアップ型も、国家的危機管理という観点からみれば同じ穴の狢ではないか、と考えてい る。というのも、両者ともに首都機能の中心を担う都市が想定されているという点で同型の首都機能のあり方だからである。
首 都機能一極集中型は、特定の都市にほとんどすべてが集まるため、リスクヘッジという点では極めてまずい。おそらくこれは誰にでもわかることである。 一方、首都機能バックアップ型は、首都と複数の副首都がデュアルに機能することになるため、一見すると首都機能一極集中型とは異なるように思われるかもし れない。

しかしこれは、複数の副首都の一番の土台にメインの首都があり、それに乗りかかるかたちで副首都がバックアップとして機能することになるため、つまるとこ ろ首都機能一極集中型と何らかわるところがないのである。つまり、首都機能バックアップ型は、特定の都市が首都を担うという点で首都機能一極集中型と同型 なのだ。

そのため、首都機能一極集中型と首都機能バックアップ型は、中心にある都市が大災害やテロで機能不全に陥ってしまえば、いずれにしても日本全体が大混乱に 陥る事態を回避できないと考えられる。僕はこのような、首都機能が特定の都市に依存した議論を指して「中心型首都機能論」と呼んでいる。

3.首都機能移転論の成立条件
ここにきて首都機能移転論が再燃した理由は、国家的危機管理が根本モチーフである。つまり、首都が大災害やテロなどに見舞われても、日本全体が機能不全に陥らないようにするにはどうすればいいか、という切実な問いが、首都機能移転論再燃のドライバであったと言える。

こうしたモチーフに届く首都機能は、(1)特定の都市に首都の中心を置かないこと、そして(2)首都機能の一部が麻痺しても他のところで相補的なネット ワークが形成されること、の2つの条件を満たしている必要があると考えられる。なぜなら、この2条件が満たされることによって、一部で機能不全が長じても 多方向から代替機能が働き、日本全体で機能不全に陥る事態を避ける可能性が担保されるためだ。

たとえるなら、インターネットのようなシステムとして首都機能を再編させることが、国家的危機管理というモチーフに届きうる可能性の方法だと考えられるのである。筆者はこのような首都機能の考え方を指して「脱中心型首都機能論」と呼んでいる。

4.脱中心型首都機能論のすすめ
脱中心型首都機能論の特長は、首都機能を複数の地域に分散させるものの、特定の地域で特定の機能を担わないと考える点にある。それでは、特定の機能が中心 性を帯びてしまい、そこがやられてしまえば他の代替機能が働かないためだ。 そうではなく、脱中心型首都機能論では、日頃から複数の地域が連立的なかたちで業務にあたると考えることになる。つまり、複数の地域で首都機能が併存する 関係性のなかに、首都機能の全体像を見るのである。

たとえるなら、インターネット様の首都機能を実質化するのだ。 この発想では、首都機能の一元化が打消されるぶん、政治や行政の無駄を生み出すのではないか、あるいは経済活動が非効率になるのではないか、という疑問を 持たせるかもしれない。そうした問題は国民ID制度の導入と情報のクラウド化によって技術的に回避できるのではなかろうか。

国民ID制度の導入は、平時であれば国民の理解を得られにくいだろうが、東日本大震災によって国家的危機管理という問題意識を共有しやすいと考えられるた め、その文脈から導入を進めていける可能性があると思われる。また、国家情報のクラウド化はITの発展によって実現できる見通しは立つはずである。

もちろん、情報漏洩の問題は残るものの、「尖閣ビデオ」の流出さわぎにみられるように、クラウド化されていなくても漏れるものは漏れるのである。

この他にも脱中心型首都機能論には、それにかかる費用などの問題は残る。しかし、国家的危機管理という観点からみれば、首都機能一極集中型や首都機能バッ クアップ型よりも優れた点があると考えられる。東日本大震災の教訓を活かすためにも、首都機能移転論の熟議を期待したい。

(京極真 吉備国際大学大学院保健科学研究科准教授)



まったくその通り。しかし、効率を考えるとどうしてもある一定の中心部が必要になることも確か。
理想論でしかありませんが、たとえば福岡、広島、大阪、愛知、石川、東京、北海道、そして宮城県。それらがそれぞれ首都機能に近い機能を有する。現在でも同じように各地域の中心都市ではありますが、更に首都機能に近くなるようにする。特に宮城は、まったく新しい形の都市のあり方を問われることになるでしょう。衛星写真で見たら全く異なる様相になるくらいに。

道州制導入、という記事もあります。

今こそ道州制の導入を - 松本徹三
配信元:アゴラ編集部


残念ながら今回の経済不況の根は深く、どんな施策を講じてみても簡単には脱出は不可能ではないかと思われます。日本では、更に悪いことに、指導者不在、政治不信がこれに重なり、心理的にも閉塞感が継続しそうです。こういう時には、とにかく何か新機軸を打ち出し、多くの国民に「変革への期待」を与えることが必要です。
私は、長い間議論されては来たものの、このところ一向に進展が見られていない「地方分権の促進(道州制の導入)」が、この目的のための格好のテーマになると思っています。

先ず、現在の不況の克服には、「内需拡大」しか手がありません。輸出市場の回復は日本だけの力ではどうしようもないからです。内需拡大の決め手の一つとして期待できることに、「中高年層の潜在需要の開拓」と「地方の活性化」がありますが、前者にとっての必須条件である「社会保険制度への信頼回復」も、後者にとっての必須条件である「地方分権の促進」も、共に政治の力によって実現が可能です。(逆に言えば、「強い政治力」によってしか実現できないものです。)経済界が手詰まりでどうにも動けず、折角「政治」に出番が回ってきたのに、政治家が今このテーマに真剣に取り組まないとすれば、一体他の何をしようというのでしょうか?

前者についての議論は別の機会に譲るとして、ここでは後者について考えてみたいと思います。

道州制が導入され、大きな権限を持った新しい州知事の選挙が行われれば、国民はこれに注視します。選ばれた新しい知事は、他の知事と競い合って、それぞれの州の目覚しい発展を目論むでしょうから、さまざまなアイデアが開花し、さまざまな経済効果を生み出すでしょう。施策次第によっては、東京で職を失った人達の故郷へのUターンも促進されるかもしれません。

私は、昨年11月7日付のブログ「アメリカ大統領選に思う」で、「首相公選」によって、米国の大統領選挙に見られたような熱気を日本にも創り出すべきだという趣旨のことを申し上げましたが、勿論、その早期実現が難しいことも分かっています。しかし、州知事の場合は初めから直接選挙ですし、ここで実績を上げ、国民レベルでの人気を得た人が、将来の首相候補となることも大いにありうるわけですから、道州制の知事選挙は、将来の「首相公選」への実験的な第一歩と位置づけることも出来るでしょう。

日本は「東京への一極集中」が極端な国です。もともとが「合州国」である米国は勿論、英国とフランス以外の欧州の各国は、ドイツを典型例として、もっと各都市が競い合っています。日本が「東京一極集中」になったのは、中央の官僚が力を持ちすぎたことにその一因があると思われ、この点は日本同様に官僚の力が強いフランスの「パリ一極集中」に同類項を見ることが出来ますが、現在のEUが「パリ一極集中」になることは金輪際ありえません。そのことを考えるにつけても、日本の道州制を考える時には、思い切って「EUに範を求める」位の変革を考えるべきかもしれません。

「今こそ過激な改革をやらねば、『十年河清を待つ』ことになりかねず、日本の国際的競争力強化の可能性はますます遠のく」という強い危機感から、私は、ここで一つの「超過激な提案」をしてみたいと思います。それは、道州制の導入だけにとどまらず、更にもう一歩踏み込んで、「省庁の分散」を行うことです。

「首都移転」論者は、この際、ワシントンやキャンベラやオタワやブラジリアのように、全ての首都機能を新首都に移してしまえばよいではないかと言うかもしれませんが、これで喜ぶのは土木建設業者ぐらいで、仕掛けが大きいだけ副作用も大きくなる割には、「首都移転」のもたらす長期的効果には疑問が残ります。各企業は、場所は変わっても、相変わらず「官庁や政治家の事務所に詣でる」のをやめることはなく、結局は「場所を移動する」ことに要する時間や経費の無駄使いが増えるだけのことになるのではないでしょうか。

それよりもやるべきは、「各省庁が、電子的な遠隔面談、遠隔会議以外の全ての面談や会議をやめる」ことです。つまり、各省庁は正面の玄関口を廃止し、訪問者は誰も建物の中に入れないことにすれば、官庁の所在地が何処であれ、「官庁詣で」は一切なくなります。

民間企業が官僚と折衝するのは勿論、政治家が官僚の「ご進講」を受けたり、官僚が政治家に「根回し」をしたりするのも、全て電子的な手段によるしかない(従って、当然記録が残される)ということになれば、全ての政策の起案と実行のプロセスが、完全な透明性を保証されることになります。多くの政治家が「不便である」といって難色を示すでしょうが、背中をさすったり、肩を抱いたりする以外は、映像と音声で全ての仕事はこなせるはずなのですから、「『永久に人に知られることのない』ことが保証された『密室』でなければ話が出来ない」ということがない限りは、そもそも「これで不便になる」ということはないはずです。

その結果として、各公官庁が、例えば「東京周辺100キロ圏内の諸中小都市」に分散され、地方都市の活性化をもたらすことなども可能になるでしょうが、こんなことは比較的小さな付随効果に過ぎないでしょう。長年続いてきた「政治家と官僚との関係」を抜本的に変えることこそ、日本の行政と立法のあり方に大きな変革のインパクトを与え、新しい活力を日本全体に与えることになるでしょう。

ここまで考える政治家が何故今出てこないのでしょうか? こういう政治家が出てきてこそ、初めて国民はこぞって喝采を送り、国民の心が一つにまとまって、未曾有の経済危機を克服するベースが作られるのだと、私は思います。



私はこの意見にとても賛成です。道州制というより、上記の如く、各地の中心都市の機能と役割を明確化し、一極集中をなくすこと、これが新しいグランドデザインではないかと考えます。

内容は違えど、均一か集中化、という内容の記事がありました。

「日本の救いはグローバルスタンダードから最も遠いところにあった」震災で露呈した均一化と集中に頼る国づくりの限界――浜矩子・同志社大学大学院教授に聞く
配信元:ダイアモンドオンライン


「均一化」と「集中」。戦後日本の国づくりの特徴を端的に概念化するならば、この二つの言葉に収斂されるだろう。それは、戦後の焼け野原からの復 興、そしてその後の経済成長を支えた“二輪”の概念である。しかし、3月11日に東日本を襲った未曽有の震災と、いまだ出口の見えない福島原発震災は、均一化と集中に依存するこの国のあり方が危機に対していかに脆いかという現実をわれわれに突きつけた。
 大きければ強く効率的であるという均一化の論理のもとに組み立てられたものの多くは、今回の震災で、あっけなく崩れ落ちた。物流システムは各所で機能不全に陥り、大手スーパーチェーンや大手コンビニチェーンはちょっとしたパニック的な購買行動や買い溜めによって食料品や日用品の不足どころか枯渇に 陥った。 富と都市機能は東京圏に寄せ集めるという集中は、福島原発事故を機に深刻な電力不足問題を引き起こし、交通インフラの大混乱を招いた。
 私は今、声を大にして提唱したい。均一化ではなく「多様化」、集中ではなく「分散」こそが、復興、いや日本の新興を論じるときの新たな二輪になるべきだ、と。
 大手スーパーやコンビニにモノがないとき、救いの手はどこにあったか。それは、グローバルスタンダードとは無縁なところで生真面目に営んでいた零細個人商店にあった。前世紀の遺物と揶揄されていた、存在を忘れられつつあった零細でローカルなお店に、懐中電灯や乾電池、水やティッシュペーパー、パン はあった。グローバルスタンダードの常識からは最も遠いところで、救いは発見できたのである。

われわれは、こう信じていた。グローバルジャングルの中で日々運営されている日本経済においては、強いものと大きなもののみが勝ち残っていく、そし て日本の(成長の)ためにもそうあるべきだ、と。また、現代はグローバルスタンダードへの収斂の時代であり、均一化と集中のグローバルスタンダードに早く準拠した姿・形を整えないと、落伍してしまう、と。
 しかし、現実にはとうの昔にそのような論理は、時代に合わなくなっていたのではないか。
 世界経済に目を向けても、対外債務国と債権国に色分けされた集中は、債務国の財政危機を顕在化させ、いま是正を余儀なくされている。人・モノ・カ ネはなかんずく国境を超えるのだから、債権と債務がどこかに集中していても、どんぶり勘定の世界ではゼロであるがゆえに問題ない、それがグローバル時代だ という論理には無理があった。メタボなキリギリスを蟻たちは支えきれない。世界各所で国家の財政危機リスクが増大している。
 いうまでもなく、この変化は、震災前から見えていたものだ。しかし、戦後復興の成功体験を引きずる中で、日本はグローバルスタンダードへの追随という無定見のうえに胡坐をかき、変化を避けていたのではないか。すでに均一化と集中で成長を目指すモデルから卒業した経済になっていながら、思考を停止していなかったか。戦後初の選挙による政権交代が実現し、新たに国家運営の任を負った民主党の新成長戦略には当初期待が寄せられたが、ふたを開けてみれば、 従来どおり、均一化と集中の発想で描かれたものにすぎなかった。 
 むろん、私も成長や競争の意義を否定しているわけではない。すべてがローカル・零細でないとダメなどと言っているわけでもない。ただ、今、日本人が考慮すべきは、小さいものは小さいものなりに、弱いものは弱いものなりに、強大なるものは強大なるものなりに、日本経済という生態系、グローバルジャングルという生態系の中で、厳然たる役割があるということだと思う。普段は大きなものが大きな顔をしていてよいが、一方で小さくて弱いものも脈々としっかりと役割を果たしている、そのいうなれば共存共栄の生態系の底力、重要性を軽視することの恐ろしさは今回の震災を機に痛感できたはずだ。

 さて、復興である。われわれは、“復元”の方向にだけ進むことは避けるべきだ。復興を急ぎたいという気持ちは分かるが、急がば回れである。どんな姿を構築するかという落ち着いた検討が今こそ必要だ。もちろんライフラインの復元は喫緊の課題であり、最優先すべきだ。しかし、それ以外の点では、復元の 必要があるもの、新興すべきもの、廃棄すべきものをしっかりと仕分けする必要がある。ゆとりのない現状では大変な作業であることは承知しているが、どうしても復元しなければならないものと、そうでないものの仕分けぐらいはできるだろう。
 そのとき中央がすべてを決めていては、何も変わらない。復興のベクトルを示し、お金を集めて提供する役割は、国が集中的に担ってもいいが、あとは地元で使い途を考えるべきだ。地域社会という、いうなれば小宇宙の中で、大きく強いものと、小さくて弱いものが共存共栄できるパターンを描くべきだ。それに則って、使える金を上手に分かち合えばいい。
 先述した小売の世界を例に上げれば、大手スーパーが個人商店を次々と買収しその領域に浸食していくのではなく、場合によっては棲み分けを考えても よいのではないか。たとえば、大手スーパーで売っている商品はこれだが、違うものが欲しければあの店(個人商店)に行ってくれとネットワークをお互いに支え合う。強いものは弱いものを支えるが、弱いものも強いものを下支えする。各自治体はそれぞれの小宇宙にマッチしたモノを作っていくために、お金の使い途を考えればよい。
 私は、各々の自治体が自己完結的に活力と多様性と創造性を持った小宇宙となり、その集合体として日本経済が存在できれば、足腰のしっかりした国になると思う。これまでの論理で復元するためだけに補正予算を繰り返し組んでいくことが復興だということであるならば、ただでさえ財政状況の厳しい日本に降 り注がれる世界の目がいっそう厳しくなることは必定だ。そうなれば、今回の震災は“非日常”の出来事であるにもかかわらず、過度の円安や金利上昇を招き、 われわれの“日常”に侵食してくることだろう。それは亡国の道だ。
 世界を驚嘆させる新しい経済モデルの絵を描き、その財源を確保するためにあらんかぎりのクリエイティビティを発揮する必要がある。増税による税収 を償還財源の裏付けとする復興債のようなものも検討に値するだろうし、あるいいは突拍子もなく聞こえるかもしれないが、IMF(国際通貨基金)から復興計 画に絞って融資を受けるという可能性だって探ってみてもいいのではないか。また、復興紙幣については、私も基本は慎重な考えだが、これを機に、そのメリッ ト・デメリットを考えてみるのもいいだろう。
 ただし、繰り返すが、議論の大前提はあくまで単なる復元ではない日本新興計画の提示である。そこまでしてはじめて、日本は賢さの鏡となり、あらためて世界のお手本となる可能性を持てるはずだ。(談)



どういう形の日本が作られていくのか、無責任な言い方ではありますが、わかりません。
しかし、かつて見てきたSFの世界が現実になるかもしれません。個人的にはそうであってほしい。子供心に見たそのSFの世界は、少なくとも光り輝くものであったから。
攻殻機動隊で表現されていた日本、サマーウォーズで出てきたようなネットワークシステム中心の世の中。
これを機会に新しい日本ができてくることを心から祈りつつ、自分は自分の職務と責任を果たすことで、そんな新しい日本の誕生に貢献したいと想います。

そのRebirthへの道において、無くてはならないのが「信念」を持った「人」の存在と、それが生きる「場の設営」だと想います。
もちろん「お金」「時間」「モノ」という基本的なものはありますが、人がなければ間違った方向に進みます。
まるでこの間までブームになっていた幕末に近いことが、今まさに起ころうとしていますかね・・?
歴史に学ぶとはよく言ったもので、時代は違えど、マインドは同じなはずです。

「もはやすべての行きがかりをなげうって、入閣するほかない」
配信元:日経ビジネスオンライン


前略

「とにかく、一日たりとも国務を放棄しておくわけにはいかない。この惨状を目の前に見て、躊躇している場合ではない。山本さんにも、そう話して賛成 しておられるから、大蔵大臣を引き受けてもらいたい。日本銀行のことは、副総裁もおるし、他にも人はある。きみが大蔵大臣として指導すればよろしい。一刻 も躊躇しておるときではない。これから麻布のわが家に回って、話をしようじゃないか」
 車中と後藤邸での会談を経て、井上は蔵相への就任要請を受けた。
 午後5時、ようやく閣僚がそろう。摂政宮(のちの昭和天皇)が臨席して親任式が行われたのは午後7時40分。場所は赤坂離宮が選ばれた。建物のな かは危険だったので庭園の東屋「萩の茶屋」にテントを張った。電燈もないテントで、蝋燭の明かりを頼りに摂政宮から新閣僚に親任状が手渡された。ここに 「震災内閣」が誕生した。
 親任式を終えて麻布の自邸に戻った後藤は、母屋の二階奥の和室に籠もると巻紙と筆を手にして、墨痕鮮やかに「根本策」を書きつけた。


一、遷都をしてはならない

二、復興費には30億円が必要

三、欧米最新の都市計画を採用して、わが国にふさわしき新都を造営する

四、都市計画を実施するためには地主に対して断固たる態度をとる
 (過去において東京の地主は、街が改造された際にも公共の原則が求める犠牲を払わず、不当な利益を得ている)。


 後藤は、まず、遷都論を葬った。陸軍参謀本部の将校から「百年に一度、大地震が起きるといわれる東京を都とするのは国防上、地勢上よろしくない、 朝鮮半島京城の南の竜山、播州加古川、八王子付近を候補地として遷都すべき」との説が浮上していたが、遷都が政治、経済、文化に及ぼす影響、莫大なコスト を考えれば「空論にすぎぬ」と否定した。
 復興費30億円はいかにも巨額だ。震災が起きた年の国家予算は〈13億7千万円〉だった。国家予算の2倍でも足りない。井上蔵相は、どう反応するのか。
 三、の欧米型の新都造営とは「燃えない都市」を建設することだった。広い幅の道路を通し、火災が類焼する危険を断つ。公園を随所に配して災害時の 避難場所を確保する。建物は不燃のコンクリートや石、煉瓦を使って頑強にこしらえる……現代につながる「災害に強い街」が念頭にあった。
 こうした都市計画を実行するうえで、財源問題と並んでゆく手をはばむ壁になると予想されたのが、四番目の「地主」の存在だ。限られた都市内で道路 を広げ、公園をつくるには誰かが土地を提供しなければならない。各地主が共に一定の割合の土地を出し、区画を整えて道路を通し、宅地を定めて公園を開く。 安全な都市基盤ができれば、街に人が集まり、繁栄して地価が上がる。地価上昇で地主には大きな利益がころがりこむ。
 にもかかわらず、維新以降、東京の街が改造されるたびに一握りの大地主は何ら犠牲を払うことなく、不当な利益を得てきた、と後藤は思った。帝都復興においては断固たる態度で臨む、と力瘤をつくった。
 だが、この論法がはたして土地に執着する地主層に通じるのだろうか……。



そして、Wikipediaに関東大震災再開発事業についての興味深い記事があります。


こうして後藤は即ちに内務官僚に 復興計画策定を指示、あわせて復興組織づくりを進めたが、事業規模は当時の経済状況をかんがみて縮小され復興の組織や意志決定も後藤が思うようにはならな かった。当初の焼土買い上げという「大風呂敷」は実現せずに農地整序につかっていた区画整理が展開されることとなった。当初は帝都復興計画では30億円と いう予算を計上していたが、さらに財政事情を考慮し、最低これだけはというぎりぎりの案件約10億円の要求となった。復興計画審議のために設置された3つ の審議機関のうち帝都復興参与会と帝都復興協議会は無事通過するが、帝都復興審議会では大反対され、特別委員会での大幅縮小で決定、5億円強になり議会提 出の運びとなったが、それでも議会で復興予算費をさらに2割カットと復興院事務費の全額カットで予算修正、これを忍従して復興計画は確定された。どんどん 規模が縮小されていく帝都復興がようやく動き出した矢先こんどは翌年1月の虎ノ門事件を契機に山本内閣は総辞職し後藤自身も失脚することになる。
後藤新平の当初の構想までは実現しなかったが、現在の内堀通りや靖国通り、昭和通りなど都心・下町のすべての街路はこの復興事業によって整備されたもので、この東京の骨格は現在に至るまで変化していない。また震災による焼失区域1100万坪の全域に対する土地区画整理事業を断行する。区画整理は最終的に全体を66地区に分け、各整理委員会で侃々諤々の議論を行いながら事業が進められた。この結果密集市街地の裏宅地や畦道のまま市街化した地域は一掃され、いずれも幅4m以上の生活道路網が形成され、同時に上下水道とガス等の基盤も整備された。
そのほか東京市中の川に架かっていた橋も大部分が甚大な損傷を被り、このため大地震にも持ちこたえられる恒久的な橋を計画的に架ける必要が生じた。隅田川にいまなお震災復興橋梁として架かる橋は下流から順に、相生、永代、清洲、両国、蔵前、厩、駒形、吾妻、言問の9つの橋梁があり、震災で壊れなかった新大橋を加え、隅田川十橋と称されている。9つの橋のうち、両国、厩、吾妻の三橋は東京市が担当、残りの6つの橋は復興院(のち内務省復興局)が担当する。そのため内務省東京復興局に橋梁課が創設された。
設計に当たっては復興帝都にふさわしい意匠を成すために外国事例や画家や作家などの意見を聞くなどして、建築家野田俊彦の「全て同一形式」意見を一蹴。また建築家の協力が求められることとなり、当時の逓信省の営繕部局に勤務する建築家スタッフをスカウトして設計組織を形成していった。部長太田圓三や課長の田中豊はまず山田守を、続いて山田の推挙で山口文象を嘱託とする。山口は後に日本電力の嘱託技師となる。山田は聖橋等を担当。山口は数寄屋橋、清洲橋、八重洲橋を はじめ、数多くを手がける。復興局が手がけた橋の数は100以上といわれている。帝都の門たる第一橋梁の永代橋はアーチ橋とし、第二橋梁の清洲橋はライン 川にかかるケルンの吊橋をモデルとするやわらかさを感じさせる案を採用し、橋の博覧会ともいえるような状況が生じた。こうして隅田川の橋梁群は個々の橋が 多様なデザインを主張しながら、全体として都市景観に高いシンボル性をもたらすこととなる。作家永井荷風も随筆「深川の散歩」の中で、清洲橋からの隅田川の眺望を書き残している。




そして、上記のごとく様々な識者の存在も重要であるが、指導者・・・カリスマの存在も不可欠です。

歴史的国家危機に決死の覚悟で臨んだ最高指導者 「チャーチル元首相」と「菅首相」の決定的な違い
引用:ダイヤモンドオンライン


前略

ブレない主張、見事な洞察力、勇気で
国民の圧倒的な信頼を得たチャーチル元首相 報道によると、民主党内には菅首相をイギリスのチャーチル元首相になぞらえる向きもあるらしい。
 チャーチルは、ナチ・ヒトラーと対決して、挙国政権の首相となり、戦いを勝利に導いて英国を救い、世界を救った。「国家危機」と「挙国政権」をキーワードとすれば、チャーチルを思い浮かべることもわからないではない。しかし、肝心なところは全く違っている。
 チャーチルは、ヒトラーの台頭以来、その邪悪さを見抜き、10年の“はぐれ鳥”となることもいとわず、徹頭徹尾ナチとヒトラーを排撃し、英国民に妥協なき戦いを訴え続けてきた。
 一貫してブレない主張、見事な洞察力、孤立無援でも戦い続けた勇気。39年にヒトラーがポーランドに侵攻して、大戦が始まると、英国民はチャーチ ルの洞察の正しさを思い知らされる。そして、英国民と議会はこの“はぐれ鳥”に目を向け、翌40年にチャーチルを首相にして国家危機に臨む最高指導権を彼 に委ねたのだ。
 英国は、このとき、ほぼ完全なまでに一致結束していた。当時の国民的信頼からすれば、内閣支持率は優に90%を越えていただろう。
 チャーチルの指導のもとイギリスは1つになってヒトラーに立ち向かう。激しいロンドンの空爆にも耐え、最終的に勝利を手にしたのだ。
 国家危機を乗り切るためには、指導者に圧倒的な国民的信頼が不可欠であることを歴史は教えている。
 菅首相はむしろ、自分に資格と能力が不足していると感じてチャーチル登場の道を開いた前の首相、チェンバレンに学んでほしい。



そして人があつまれば、議論の場の設定が大事。自分も震災後に上司代理として数々の社内会議に出たが、有効性が高く建設的な議論がなされる会議にはお目にかかることができなかった。せめて自分の関係しているところについては実のある議論を続けたいと想います。

東日本大震災復興構想会議は要らない
配信元:ダイヤモンドオンライン


ダメ会社の会議に似ている
 五百旗頭真防衛大学校長を議長とする東日本大震災復興構想会議が発足し、4月14日に第1回目の会合が行われた。
 不謹慎かも知れないが、このニュースを見て最初に思ったのは、ダメな会社の会議に似ているということだった。経営が上手くいっていない会社、特に、社長が事業を把握して指示を出すことが出来ない会社は、しばしば、経営課題が発生するたびにこの課題に向けた「会議」や「委員会」を発足させる。
 たとえば、具体名は挙げないが日本の運用会社の場合、親会社である大手金融機関から、運用の仕事に詳しいとはとても言えない天下り社長が経営しているケースがしばしばある。運用会社の管理職社員は実のところ時間が余っている場合が多いという事情もあるのだが、この種の会社では、「運用」や「商品企画」、あるいは「リスク管理」といったテーマで次々と会議や委員会が発足し、多くの社員を巻き込む会議が行われることが多い。また、社長の声がけで、外部の専門家を講師に呼ぶ「勉強会」が行われることも多い。
 しかし、本来、経営者が社業を十分把握していれば、個々の社員の貴重な時間を多くの会議に費やすのではなく、プロフェッショナルな仕事に使わせるべきだ。経営者は、方針を提示すると共に必要な指示なり監督なりを行っていればいい。方針の決定や伝達の仕組みとして必要最小限の時間で会議を使うことはあってもいいが、会社に必要なのは、会議ではなく仕事だ。アイデアを募るために会議を行う、などというのは、経営者が機能していない会社の愚行だ。
 東日本大震災復興構想会議は、被災地から3名の県知事がメンバーに名を連ねているが、この他に、建築家、脚本家、学校校長、僧侶など雑多な分野からの識者が加わる合計15人が本会議のメンバーとなっている。
 復興構想会議は、何かを決定する会議なのか。それとも首相その他の「勉強会」的位置づけなのか。同会議が、そもそもどの程度の権限を持っていて、 何を決めるのかが曖昧である点からして、スタートから拙いと言わざるを得ないが、初回の会合から、原発問題を含めて議論するかどうかで異論が出たり、復興財源に関していきなり増税の話が出たりと、混乱した内容になった。

会議の設置を決めた4月11日付けの閣議決定では「活力ある日本の再生につながる復興構想を早期に取りまとめる」とあるように、この会議の結果を踏まえて、具体的な復興計画が策定される、という建て付けのようだ。そうでなければ、最大限に評価しても「ただの勉強会」の位置づけにすぎない。
 そして、6月末を目処に第一次の提言をまとめることが、初回の会合で確認された。
 これは、2ヶ月以上先のことであり、この会議があるせいで、復興事業の実施が2ヶ月も遅れかねないということではないだろうか。この会議自体が復興の早期実施を妨げる存在になりかねない。
権限と責任のある者が早く動け本来であれば、首相と重要閣僚、被災した自治体の知事が集まって重要方針を決めて、必要があれば関連法案を国会に提出し、さっそく復興事業に取りかかるべきだ。
 復興の方針をまず首相の責任で国民に示し、意見や批判を募り、被災地自治体の要望を聞いた上で、事業に取りかかったり、関連法案を提出したりすればいい。
 しかし、菅首相は、震災発生から1月以上たったこの期に及んでも、「野党にも(復興の)青写真を作る段階から参加していただきたい」(4月12日、記者会見)と呼びかけている。「青写真」は、先ず菅首相の責任の下で政府が示すべきなのだが、メンバーを集めて意見を募ることが自分の仕事だと思って いるようだ。仕事の分からない社長と同様の状態といえる。
 会議の提出資料を見ると、委員である達増拓也岩手県知事が提出した主に被災地の8自治体の県・道知事連名の「東日本大震災に係る要望書」という書類がある。
 千葉県や東京都といった震災被害に関連の深い自治体の意見が反映されていない点に不備があるが、被災地域からの要望は、既にある程度まとまっている。今は、政府が具体案を国民に問うべきタイミングだ。まとまりの無い会議を開いて、無駄な時間を費やすべきでない。
 尚、初回の会合にあって、敢えて注目点を挙げると、復興財源の資金調達に関する問題が挙げられよう。

五百旗頭議長が復興税の創設に言及して早速波紋を呼んだが、先の8知事の要望書には「必要な財源の確保のため、不足する国の財源は、日銀の国債引受により対処すべきこと」(要望書3ページ。「(2)特別立法による被災者生活再建支援の特例的基金の創設」の項)とある。
 重要な問題に関して、早速意見が割れているようだが(割れていること自体は構わないし、議論は大いに結構だ)、果たして、このメンバー達はこの問題について実のある議論が出来るのだろうか。
 この話題の一方の当事者でもある五百旗頭議長の手腕が興味深い。
資金を地方に、個人に 復興にあたっては、どこにどのような街を作り、どのように各種のインフラストラクチャーを構築するかについて、多くの意見があり、議論があり得る。しかし、煎じ詰めると、重要なのは、現地の人々の意思であり希望だろう。
 国との調整が必要なものや、自治体間の調整が必要なものもあるだろうが、基本的には、使える予算を自治体に渡して、何をするかは地方地方で決めたらいい。国は、「お金は出すし、協力は惜しまないが、口は出さない」優しいスポンサーのような存在になるべきだ。
 また、広範囲な被災者に対して、生活支援のための現金を早急に支給すべきだ。復興予算の一定割合(たとえば、3割程度)は被災者個人に支給すると 決めて、早急に部分的支払いを開始すべきではないだろうか。配分の決定が遅れて、善意で集まった義援金さえも支払われていない現状は動きが遅すぎる。
「地方分権」、「コンクリートから人へ」という民主党がかつて掲げた理念を、大災害の克服にあたって、もう一度思い出すべき時ではないだろうか。
 菅首相のなすべき事は、財源と権限を早急に然るべき当事者に配分することであって、中央政府で復興の青写真作りを抱え込んで政権の座に粘ることではない。



今回の未曾有の大惨事は、都市モデルの変革、都市と地方のあり方、人と人、モノとモノ、モノと人のつながりが大きく変わる機会です。
どういうタイミングでどういう風にリソースを集中し、どういう風に変革していくのか。普通の企業であればリーマンショックをはじめとして乗り越えてきた課題を、国全体が担うことになります。それももっと大きな規模で、そして「Point of No return」な状況で。

そしてスマートグリッドや再生可能エネルギーで原子力発電のすべてを置き換えることができなくても、電力供給の脆弱性回避のため、また新しい時代を築くため、国策として開発・事業化を急ぐことが肝要。今すぐにとはいわないけれど、国策として実施すべきです。原子力発電所の是非を問うより、科学の進歩・・・特に先進国として次の世代に何を引継ぐのか、という観点から、技術歴史論的な考え方も必要かと想います。すべて危険だからと否定しては、ガンダム、ドラえもん、鉄腕アトムもできないし、恒星間飛行もできない。

まぁもちろん、数百年単位での後の話でしょうけれど。

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2011.04.24 Sun l 仕事的な日記 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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