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以前の記事で、復興・復活・再生等、「共通キーワード」の選択がモチベーションにつながり、それによってその内容も変ってくること、また復興には人・体制・場の設営が重要であると書かせていただきました。関東大震災の際の復興計画は、情けないことに今回初めてその詳細に触れ、あらためて人の力を知ることになりました。

企画屋のはしくれとして、その復興のプロセスのほんの一部について想うところをlogしたいと想います。自分の想いにいつも「ぴぴっ」とくるアゴラさんの記事引用中心で申し訳ないですが、自分の想いも織り交ぜつつ、書かせていただきます。

劣悪なニッポンの景観 ―復興で街並みは変わるか―赤沢 良太
配信元:アゴラ

建築基準法には、地震と風の規定はあるが、津波は考慮してない。土木学会は、津波を堤防等で防ぐとこはできないとコメントした。建築・構造物にも限界がある。それはそれで、対策を考えなくてはならない。

まだまだ復興という段階に至っていないが、再建する際には、乱開発の歯止めをかけてほしいと思う。まだ不謹慎か。まずは生活の糧を確保せねばならないのだから。

しかし、中長期的な復興を考えると、近代の日本の景観はよいものだったろうかという反省も欲しい。否、ヨーロッパの街並みと比べたら貧困だ、と答えたら、それは西洋中心主義オリエンタリズムに侵された偏見だと批判されるだろうか。
しかし、私はここで、日本の景観には多くの問題があるという立場をとる。明治維新以降の急速な西欧化による乱開発や戦後復興に大きな原因があるのかもしれない。日本の為政者には都市景観に対する思い入れがなかったからなのだろうか。

文明開化以降の具体的な都市景観の劣化は、建物の形式が和洋混在となり、かつ制限が緩かったので、スカイラインがまったく不揃いになった。斜線制限も最悪だ。電柱と電線の錯綜で、見苦しい。交通量の増加に対応し道路網整備を無秩序に行った。緑地を含む公園を配置する考えもない。

それでは、はるか昔には、景観に対する理解があったのかといえば、怪しい。そのような理解がなくても、江戸の景観は結果的に美しくなったといえる。江戸時代の風景画を見れば分かるが、武士や町民の住宅は構造も部材も寸法もほとんど同規格で、建物の高さや形状に大きな差異がない。そこに大名屋敷や寺社が変化をつけた。周縁には緑地も残っていた。これらは、為政者が意識的に作り上げていない。結果として現代の私たちから見て美しい街並みができた。

その後、戦後の高度経済成長期以降は高速道路や鉄道の高架が都市景観を大いに劣化させた。電線の地下埋設化は進まない。建物の高度規制や外観保存も統一性がまったくない。乱開発の負債を清算するには時間がかかる。

また、都市計画や景観の法律は、必ずしも強制型の法律にはなっていない。手続きと守る範囲が書いてあるだけで、あとは市町村に投げる。市町村が頑張らなくてはいけない。

また、日本の法律では、空地はよいものだと考えている。だから、様々な建築を拘束する規定の緩和をするとき、空地をとれば、その見返りとして制限の緩和をする。つまり、空地さえ取ればどんな建物でもよいとなる。建築行政の貧困だ。その結果、街並みは壊れ、建物と建物の間は歪になった。

もちろん行政は、壊しただけでなく、建て込んだ街並みを直したり、狭い道路を広げたりした。しかし、今は建て込んでいる町中に超高層が建つことを許す。街をつくっているとは言いがたい。

法的には、斜線制限や日影規制、セットバック緩和、天空率の導入、集合住宅を突出させる住宅容積率の緩和などいろいろあったが、建築の形や街並みを考えない都市計画法や建築基準法で規制しようとするのが過ちの始まりだ。また、都市計画法は大都市だけの法律にして、あとの都市はそれぞれに応じた法律にしてはどうだろうか。建築基準法も、気候の違う地域が一律というのはおかしい。

提案としては、税制をまちづくりに連動させるのはどうだろうか。景観が良いものを作ると資産価値が上がる。ところが、そうすると固定資産税は上がる。本来自分の資産価値が上がるのを誇るべきだと思うのだが、どうもちがう。今の税システムも問題だろう。コンクリートにすると税金が上る。これでは、地震に強い街にはならない。景気浮場のため容積率アップや規制緩和が大手を振っているが、この税制は改善されない。しかし、景観行政でも税制は大きな力を発揮するだろう。



ツイッターでもRTした記事なのですが、バルセロナのサグラダファミリア付近の上空からみた風景という記事がありました。普段目にするのはサグラダファミリアを見上げる風景。でも上空から見下ろすとびっくりするくらいの風景が広がります。
そういう構想感、設計感、何より将来感を持って望んでもらいたいと想います。せっかくの機会でもあるのですから。
しかし、ただ想うだけではだめな様で・・・税金と絡めるあたり、まったく字b分の了見の狭さ・浅はかさに愕然としつつ、さすがすごい・・と思いました。

これは圧倒される…バルセロナを見下ろした風景に世界中から驚きの声 らばQ

らばQより「サグラダファミリア付近を上級から撮影したもの」
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実際の物理的復興もさることながら、日本が世界に誇るアニメーションの世界に何かヒントはないでしょうか?

仮想世界での速やかな復興。先日書いた記事「9.11で生まれ、3.11で死んだソーシャルメディア」の様に、いい面も悪い面も含めて、今回あらためてネットワークパワーというものが顕在化したと想います。


東北エリアの今後の復興方法について記載された記事があります。

東北を電力ベンチャー拠点-大西 宏
配信元:アゴラ

現在稼動している原発を止めるかどうかの議論はこれからのことでしょうが、少なくとも日本では新しい原発施設の増設は現実的ではなくなりました。とうぜん、化石燃料による発電は、資源価格の不透明性、また二酸化炭素増の問題があり、自然エネルギー利用へとむかっていくものと思います。しかし、なにゆえか太陽光発電だというにところに結論が集まりすぎているように感じます。あまりにも結論を急ぎすぎているのではないでしょうか。
どの発電方式が望ましいか、あるいはいくつかの発電方式の組み合わせ技術なのか、それはどのようなイノベーションが起こってくるかで変わってきます。

ソフトバンクの孫社長から、「自然エネルギー財団」設立、東北の復興事業としての「東日本ソーラーベルト構想」までが示されていますが、もちろん東北で太陽光パネル生産の拠点化を行えば、東北経済復興の役には立つでしょうが、問題はその後の運営がどうか、採算性がとれるのかの問題が残ります。

疑問に感じるのは、池田信夫さんもご指摘のように政府からの補助金を頼りにしなければ成り立たないというのでは、電力の本命といえるかどうかは危うさがあります。また太陽光は昼間の電力ピーク対策には有効でしょうが、天候に左右されるために発電量が安定しないという問題もあります。積雪地帯の多い東北で冬期の発電が確保できるのか、あるいは設備の保全も懸念されます。

池田信夫 blog : 再生可能エネルギーは原発の代わりにはならない

しかし、池田信夫さんのこの議論でも、「原発」対「太陽光」の二者択一のようになってしまっていることろが気になります。

自然エネルギーによる発電と言っても、なにも太陽光だけではありません。水力、風力、バイオマス、地熱などさまざまな技術がありますが、いずれにも課題があり、まだ本命だと断言できるものがあるとは思えません。

しかし、特に東北地方は、環境省が、風力や地熱、水力発電などで火力や原子力などによる現行の発電量を上回る潜在力があるとする調査結果を発表しています。
風力や地熱の潜在力大きいと発表 東北のエネルギー調査 - 47NEWS(よんななニュース) :

また最近明るいニュースが連続しているのが地熱発電です。
東芝、ニュージーランドの地熱発電所向け設備を受注 - ITmedia ニュース
「地熱」輸出、官民タッグ インドネシア試掘で円借款 (1/2ページ) - SankeiBiz(サンケイビズ) :

こういった自然エネルギー発電を促進するためには、発電事業への参入障壁を取り除くことが絶対条件になります。政府主導のプロジェクトで成功したものなどはなく、発電と送電、配電で、発電の自由化を推し進めることでしょうが、まずは東北エリアに、東電エリアに売電するための電力会社設立を促進してはどうかと思います。

商社でも、製造業でも、東電以外の電力会社でも、あるいはまったく異なる分野からでもいいのですが、重要なのは事業として行わなければ、本当に必要なイノベーションは起こってきません。急ぐべきは発電方式を今決めることではなく、電力ベンチャーが起こるスキームをつくることなのです。

また、どの発電方式が望ましいかは市場が評価し、淘汰してくれます。電力自由化を進め、さまざまな発電拠点を東北にまずは集約させ、今後の東電エリアの電力を供給させればいいのでなないでしょうか。



東北エリアに東電へ電力を売るための電力会社を作る。しかも異なる分野からでもいい。確かに事業視点で考えれば、誰が起点になってもいいし、逆に全く異なる分野の人の舵取りが必要なのかもしれません。


復興において、ジャパンリスク・・・裏返せばそれだけブランドがあった日本・・・をどう立ち直らせるかということも、重要なイシューです。これは国というより、企業人たる自分達の方に大きな責があるのだと想っていますけれど・・


ブランディングの視点から見た震災- 青山 永  
配信元:アゴラ

ブランディングに携わる者として、今回の震災をその視点から捉えてみたいと思います。
ポイントは下記の3つと考えます。

1)「ジャパンブランド」の顕在化と毀損
2)「コモディティとブランド」の関係
3)震災対応における「コーポレートブランディング」

今回の震災において、長期的な視点から最も深刻な問題の1つがジャパンブランドの毀損です。世界で最も安全に対しての要求水準が高く、それに対応した価値基準や技術力を持っていることで築かれたジャパンクオリティというブランドは、残念ながら原子力発電所の事故によって完全に否定されてしまいました。したたかさと論理性を欠いた政府の言動とメディアの煽動により、それがより悪い形で世界に流布していきました。
長い年月を掛けて築かれてきたジャパンブランドは、これまで多くの日本人自身に強く認識されていませんでしたが、皮肉にも今回の震災により、より多くの日本人に印象づけられるされることとなり、そして同時に傷物になってしまいました。このまま放置すれば、ジャパンブランドはじわじわとさらに価値を下げて行ってしまうでしょう。

これまでジャパンブランドを利用して観光立国を目指していた日本の政策は、それを復活させるために多大な時間とコストを掛けなくてはならないでしょう。本来、長い年月をかけた信頼の蓄積によって築かれるブランドも、現在は意図的に強化されることで短期間にその価値を高めています。これまでの「結果としてのジャパンブランド」から、「戦略的なブランドの構築」への進歩が期待されます。せめてもの救いは、被災者の方たちがとった高い倫理観に基づく行動は、日本の国民のブランド価値を高めたともいえるでしょう。

次の視点は「コモディティとブランドの関係」が変わったことだと感じます。
教科書的なブランディングにおいては、成熟した消費社会においては、あらゆる消費財がコモディティ化していくので利益率は低減し、その商品のライフサイクルも短命化していく。そこで何らかの差別化を行い、「特に選ばれ続ける」ためのブランド化を行わなければならないとしています。
しかし、今回の震災においては、コモディティの最たる物である、水やトイレットペーパーなどといった商品の重要性が当然のことながら再認識されました。これは被災地だけではなく、サプライチェーンが途切れてしまった流通の姿や、意外にも多くの人が行った買い占めという行為も巻き込んで、日本全体において、本当に必要な物はなんなのか、それは所有すべき物なのか、いくらでそれを買うのか、というブランディング以前の問題となり、物財に対する顧客期待値もリセットされてしまったと言えるでしょう。この状況は今後の消費行動にも影響を与え続けることになると思います。

また究極のコモディティとして電力をあげることが出来ます。これまで電力はブランディングから最も遠い位置にあったと言えますが、今後はどのような手段で作られた電力なのか、誰が作った電力なのかが意識されるでしょう。若干意味合いは異なりますが、そのクリエイティビティによって高く評価されているApple社が、データセンターの電力消費に関して、石炭由来のエネルギーを大量消費しているという事実が環境保護団体のグリーンピースによる調査で明らかにされ問題化している例もあります。

最後に、当事者が意図的にそう考えたかどうかは別として、震災対応によってブランド価値を高めた企業があったという視点です。例えば大手の流通企業は、その強固な物流システムと企業グループの総力を活かして、政府よりも確実に、正確に被災地への救援物資を運び入れることを実現しました。これまで地域社会の小売業を圧迫したという否定的な論調で語られることも多かったショッピングモールやその核テナントとなるGMS,また市中に展開するコンビニエンスストアなどが、今回の震災時において、救援物資の提供や、いち早く営業を行うということで、ライフラインの確保に貢献したことは、彼らのブランドイメージを大きく向上させたことは明らかです。
もちろん、彼らの物流システムは数多くの協力会社の集合によって成り立っている事も多く、例えば輸送トラック1つ取っても、その1台1台のトラックには個別の運輸会社の名前が入っている訳ですが、荷台に大きく書かれた「統一された1つの小売ブランド」として人々に語られることで、そのブランドは大きな恩恵を受けているわけです。

また、巨大企業の創業者などが、多額の寄付を行ったことなども、その企業ブランドのイメージを大きく向上させたと言えます。あえて意地悪な見方をすればですが、例えば携帯電話の例で言えば、本来であればこのような震災時おいて最も重要なのは通話品質自体であり、それを支える基地局やアンテナへの設備投資が問われるはずですが、その数千億円以上の投資を避けてきたことが問われるよりも、創業者の百億円の寄付によりブランドイメージを向上させることができたのであれば、安い物だったのかもしれません。

以上のように、ブランディング観点から今回の震災をとらえてみました。傷ついたブランドを建て直すのは、新たにブランドを確立することよりも難しい場合が多いです。今後の復興において、ジャパンブランドを再び輝かせるという視点も、時の為政者には持ってもらいたいと願うばかりです。
(青山永  株式会社齊藤三希子事務所 代表取締役)



ジャパンブランドを復活させるのか、もしくは新しいジャパンブランドを創り上げるのか、とても考えるところでもあります。悲しいかな弊社はドメスティックなビジネスを主体としてきて、その転換点として過去数年でグローバル化を目指して大きな経営方針の転換をはかりました。結果的に海外売上高比率/利益比率も半分とは言えませんが上がってきて、ここしばらくの円高で苦しい想いをしてきたところでした。そこへきてこの震災。概ね回復してきてはいるものの、原料がない、販売先がない、客を海外企業に取られて行く、そんなズタズタなサプライチェーンの状態で、回復を待っていていいのだろうか・・とも思います。思い切って、グローバル戦略を見直すとか、サプライチェーン戦略を見直すとか、そういう舵取りをしないと、段々と負のスパイラルへ落ちていく気がします。建て直しは新ブランド確立より難しいというコメントがありましたが、それぞれのレベル(会社、団体、国・地域、等)によって考え方も異なると想うので、それぞれが良く考えて決断し、全体としてよい方向にいくことが最終的にジャパンブランドの建て直しにつながるのかなぁ・・と想います。

時に、やはりポイントは人の話になりますね。
有事の際、そして復興の際に必要なリーダー像に関する記事をlogします。

「有事でも変わらないリーダーシップの本質」 ロバート・サイデル アメリカン・エキスプレス日本社長に聞く
配信元:ダイヤモンドオンライン

――震災時はどこに?

 出張先のニューヨークにいた。現地時間の午前3時ごろ電話で知らされ、飛び起きて、すぐさま対応を指示した。

――どのように対応したのか。

 当社には、自然災害など非常事態が発生した際に、状況の把握や対応に当たるクライシスレスポンス(危機対応)チームがある。情報システムからセキュリティ、オペレーションなどさまざまな部署の社員で構成され、有事の際には、世界の主要拠点で編成されることになっている。今回もそのルールに則って、危機対応チームを編成し、事態に対応した。

 最初に心配したのは、社長として当然、全社員の安否だった。われわれは、自然災害のように大きな潜在リスクがある非常事態においては、社員の安全確保にプライオリティを置く。東北エリアにいた社員やその家族の安全を確認できた後は、顧客対応に全力を注いだ。

――今回のような非常事態に遭遇したことはあるか。

 当社は多国籍企業なので、世界の各拠点で過去にも深刻な災害に何度か直面している。2004年のスマトラ沖地震もそうだ。こうした事態に際しての対応の仕方については、経験があることから、比較的よく理解している会社だと思う。実際、今回もアジアの他の拠点は日本オフィスを迅速にサポートしてくれた。日本が震災対応という喫緊の課題に経営資源を集中できるようにと、他の課題を引き受けてくれたのだ。

 また、個人的にも、前赴任先のタイでスマトラ沖地震を経験している。2004年当時、私はすでにタイオフィスから日本オフィスに転じていたが、そのときは偶然タイにいた。そうした経験もあって、自然災害の怖さは身にしみて分かっているし、危機の際のリーダーシップについても、マニュアル以上のものを自分自身で感じ取っているつもりだ。

――どう感じ取っているのか。

 いわずもがなだが、まずリーダーたるもの、ほんの僅かでもパニックしている様子など見せてはいけない。危機の際には、社員はいつも以上に真剣なまなざしでリーダーたちの一挙手一投足を見つめている。社長に限らず、職場の各リーダーが少しでもパニックしていると分かれば、その気持ちは伝染し、組織内で増幅され、社員の混乱を招くことは必定だ。

 第二に、組織の誰をも巻き込む災害のようなケースにおいては、コミュニケーションの重要性はよりいっそう増すものだ。たとえば、福島原発事故発生以降の最大の不安は、情報が不足していたことだ。もちろん、われわれは“外側”をコントロールすることなどはできない。しかし、少なくとも“内側”は違う。限られた情報の中で、明確な判断を迅速に提供することで、組織内の要らぬ混乱を避けることはできる。

――しかし、原発事故をめぐる不安は、情報不足もさることながら、信憑性に乏しい情報がたくさん飛び交ったことだ。憶測情報の中で経営判断を下さなければならないところに難しさがあるのではないか。

 その点については、私はこう思う。リーダーは報道に振り回されてもいけないが、報道に耳を塞いで憶測として一方的に排除するのもいけない。とにかく切迫した時間の中でスピーディな判断が求められているのだから、各方面の見識に照らして情報を精査し、社員に伝える際にはどこまで確証が得られているのかも含めてオネスト(誠実)になることだ。

――実践例を教えてほしい。

 たとえば、3月23日に、東京都の水道水から基準値を超える放射性ヨウ素が検出され、乳児の水道水摂取は控えるようにとの報道があった。この場合の乳児とは、1歳未満ということだったが、私はそのニュースを伝えたうえで、1歳未満ではなく3歳以下の子どもを持つ全社員を対象に、家に持ち帰るペットボトルのミネラルウォーターを提供することを即座に決めた。報道や発表よりもコンサーバティブな方向で決断を下したわけだ。こうしたときは、安全第一で保守的に判断すべきだと私は信じている。

 大事なことは、とにかく素早く行動することだ。われわれにはすべての情報はないかもしれないが、その中でベストと思われるディシジョンを迅速に下し、社員と対話するのだ。ちなみに、この点は、有事、平時に関係ないリーダーシップの不変の部分だと思う。

――それは、どういう意味か。

 普段のビジネスライフでも、今回のような非常事態の際にも、オブジェクティブ(目標)に対して最大限クリアでなければならないということだ。ゴールやビジョンについて、リーダーは暗示的ではなく明示的でなければならない。目標が社員に理解され、シニアリーダーチームのサポートを得られて初めて社員とのコミュニケーションは可能になるものだと思う。

 要するに、有事の際のリーダーシップは、平時の際のリーダーシップの積み重ね、すなわち社員の信頼をベースにしているものであることを忘れてはならない。対話をせず一方的に命令することがリーダーシップであると思っているとすれば、それは平時にも有事にも有効ではないだろう。

――あなたは、そうしたリーダーシップの要諦を実践できていると思うか。

 そう願っている(笑)。私はとにかく人びとのダイバーシティを引き出せるようなトップでありたいと思っている。

――ダイバーシティを引き出すとはどういう意味か。

 日本でダイバーシティ(多様性)というと、直感的に人種や文化、性別を想起するかもしれないが、私はこの言葉の含蓄はもっと深いと思っている。もちろん、女性の幹部登用は、ビジネス社会においていまだに大きな課題だ。特に日本ではそうだろう。だが、それと同等のレベルで、性格や発想のダイバーシティを尊重することも重要だと考えている。

 たとえば、アメックスの日本オフィスには1000人以上の社員がいるが、“ガイジン”社員はじつはそれほど多いわけではない。つまり大多数は日本人だ。しかし、パスポートのダイバーシティはなくとも、性格や発想のダイバーシティは豊富に持てるはずだ。

 私は、リーダーになって比較的早いうちに、人にはそれぞれの性質にあった貢献の仕方があるということに気付いた。内向的な人もいれば、外交的な人もいる。プロセス志向の人もいれば、クリエイティブな人もいる。リーダーの役割は、その良さを引き出すことだ。クリエイティンブな人をプロセス志向にはできないし、その逆も無理だ。物静かだからといって、組織に貢献していないわけでも、何も考えていないわけでも、相対的に良い考えを持っていないわけでもない。ダイバーシティを定義し、それが生かされる職場環境を作ってあげることがリーダーの役目だと私は思う。

――尊敬するリーダーはいるか。

 経営者ではないし、故人になるが、二人のリーダーを尊敬している。

一人はロナルド・レーガン元大統領、もう一人はロシアのピョートル大帝だ。

 私は、リーダーを評価する際には、二つの軸があると思う。ひとつは何を実現したかというWHATの部分であり、もう一方はどのように実現したかというHOWの部分だ。

 たとえば、レーガンについて、私は、彼のWHAT、すなわち実現したことや政策の全部に賛同しているわけではないが、実現したいことに対して明確なビジョンを持ち、国民に的確に伝えることができた偉大なコミュニケーターである点に深い尊敬の念を抱いている。具体的には、周囲の批判や懐疑論にも動じず、自分の任期中に冷戦が終結できると信じ、そのビジョンを説得力ある言葉で伝えつづけ、アメリカ社会のためだけではなく世界のためにアメリカができることに国民を気づかせた。

 ピョートル大帝については、WHATの部分を尊敬している。52年の短い人生で、彼は当時前近代的国家にとどまっていたロシアを一気に欧州の大国に引き上げた。ロシアの針路に対してビジョンを明示し、強い指導力と対話力によって、それを実現させた。

 彼らに有事と平時のリーダーシップのあり方を聞いても、本質的に違いはないと答えてくれたのではないだろうか。




タイムリミットは9月、復興は日本再生の一里塚出でよ真のリーダー
配信元:JBPRESS

 今回のゲストは、元総務省大臣官房審議官で、阪神・淡路大震災当時の対応を指揮した稲村公望さん。有事の政治のあり方、復興予算や東電への対応、また経済性のみに走りすぎた原発の実態などをお聞きしました。


原発問題の根底にあるのは金儲け第一の市場原理主義


稲村 地震はもちろん天災ですが、福島原発の惨状は明らかに人災です。

 確かに津波の威力は途方もないものでした。公式には高さ十数メートルということになっていますが、映像を見ると実際はもっと高いのではないか。しかし、だからといって「想定外」の一言で片付けるわけにはいきません。
 私は金儲け第一の拝金主義、市場原理主義こそが、根本的な原因だと思っています。もともと40年だった設計寿命が、いつの間にか60年に引き延ばされたというのは、つまりそういうことでしょう。
 減価償却が終わった施設は運転すればするほど儲かります。利益を最大化するという市場原理主義に則るあまり、安全をないがしろにしたわけです。
 そもそも、ひとたび事故が起きれば自然環境がどうなってしまうか分からないのが原発というものです。将来に責任を持てないにもかかわらず、ただコストが安いからと原発を造り、絶対安全だと言い続けてきたのは大きな間違いでした。
 もちろん儲からないことばかりやっているわけにはいきません。しかしこの20年ほどを振り返ると、効率性、収益性ということばかりが偏重されてきたように思います。

 私はあえて利益を度外視することの大切さを、ここに強調したい。郵政民営化に反対した理由もそこにあります。儲からないことをあえてやるから本当の信頼を勝ち得ることができるのであり、それは公的な存在であってこそ可能なのです。


政府は大胆な復興予算を組むべし。TPP参加は止めよ!

 政府に苦言を呈したいのは、震災への対応があまりにも遅いことです。被災者の方々のための仮設住宅などは、予算がどうこういう前にどんどん造るべきです。一刻を争う問題なのですから、金の話は後回しでいいでしょう。
 スマトラ島沖地震のときもハリケーン・カトリーナのときもそうでしたが、世間の関心は半年もすると薄れてしまうものです。すぐにでも議論を深めて、あと5カ月のうちに復興の方向性を細部まで詰める必要がある。これに失敗したら、日本という国は「沈没」しかねないと思います。
 幸いにして日本には金があります。郵政の金だって何兆円とある。民営化で目減りしたにしてもまだ多くは残っていますから、それを原資にして復興予算を作ってはどうでしょう。
 こういうときはちまちましたことを考えずに、ある金を大胆に使うべきです。金持ちから税金を取るならともかく、消費税率を上げることはありません。

 もうひとつ、TPPには参加すべきではないことも声を大にして言いたいと思います。政府は震災のどさくさに紛れて閣議決定しましたが、とんでもないことです。
 参加することで潤う業界も一部にありますが、日本全体で言えば明らかに損をします。背後には、裕福な日本から金を巻き上げてやれという海外の勢力と、尻尾を振ってそれに与する国内勢力がいる。
 菅(直人)総理は「第三の開国」と言いましたが、TPPは「第二の敗戦」のような事態を招きかねません。中身を知れば日本人の大半が反対するはずですが、そうなる前に決めてしまおうとしているのも大きな問題。とにかくTPPには断固反対です。

中略

政治の枠組みもライフスタイルも、根本的に変えるべきかも?

 今の日本は真の指導者を必要としています。私が思うにそれは、小さなことにこだわらず、超然と大局を見て適時適切な決断を下し、部下を信頼して実務を任せられる人物です。
 菅総理がそういう指導者かどうかについては、疑問を呈せざるを得ません。被災地を訪ねて、ヤジを飛ばされたり罵倒されたりしているとなればなおさらです。
 責任問題は別として、菅さんは事態が落ち着いたところでなるべく早めにお辞めになった方がいいと思います。国もそうですが、組織というものは、この人のためならと思われる指導者がいないと持ちません。何はなくともみんなに支持されるということが、リーダーの必要条件なのです。
 問題は菅総理が辞めた後、どうするかですが、私は政党という枠組みを超えた政界再編をすべきだと思います。
 国が未曾有の危機に直面している今、平時のルールに縛られることはありません。権力機構としての政府を国民のために動かすということを、最優先すべきです。
 与党から総理を出すことにこだわらず、例えば人格的に優れた人を選ぶというのもひとつの方法でしょう。
 ある意味で、今はいろいろなことを根本的に変えるチャンスかもしれません。政治の枠組みもそうですが、エネルギー政策も太陽光発電や地熱発電などにシフトすべきです。
 電気をむさぼるように使う私たちのライフスタイルも、これを機に見直してはどうでしょう。




上記記事の中に「意識の希薄化」という内容がありましたが、確かにそうかもしれません。何も普通に暮らすことが悪いわけではなく、危機の只中にいることを、感じないといけない人が感じ続ける必要があるということだと想います。


復興、再生の強い意思を胸に、日本人ひとり一人が行動を始めることが重要
配信元:アドタイ

「危機的事態」への意識、次第に希薄化

東北地方太平洋沖地震及びその後の津波で被災を受けた多くの方々の状況を考えると、心が張り裂けそうになるが、さらに続く原発問題、計画停電、余震、液状化現象など、現在も対応しなければならない課題は山積している。

さらに、日本に対する原発風評問題や夏以降の節電などで生産物のキャンセルが相次ぎ、外国からの観光客は大幅に減少、国際会議の開催場所も国外へ変更されるなど、その影響は日増しに大きくなっている。

一方で、政府等の行う記者会見に対する国民の反応は徐々に希薄化し、危機的事態そのものが平常時と同じくらい冷静に、いや無頓着になりつつあると感じるのは私だけであろうか。

先日、福島県に在住していた友人ご家族が避難所生活から脱して大阪へ移り住んだことを聞いた。そのために東京で働いていたお子さんも仕事を辞め、両親とともに大阪へ引っ越した。しかし、2週間後には、慣れない地方生活に精神的に疲弊し、再び故郷の土地の匂い、懐かしい環境に会いたくなり、福島に戻られた。お子さんは東京に再び戻ったが、同じ仕事につけず、今も職探しをしている。

今、「変化」への対応が求められている

最近では、危機的事態もその裾野は大きくなるばかりであるが、関心は空洞化しつつあるように感じる。PTSDで苦しんでいる人々、余震があるごとに眠れぬ夜を過ごしている人々、私の周りにもそうした苦しんでいる人々が多くいるが、そうした人々の声も聞こえなくなってきている。

日本はこれからも危機的事態を受入れながら、日本人という相互の心の絆を強固にして、強い精神を持っていかなければならないと思う。ただ流れに身を委ねるのではなく、ひとり一人が今後も続く課題や新たな危機に、挑戦し乗り越える強い気持ちを無くしてはならない。

再生にはまだ長く時間がかかることをしっかりと認識した上で、声なき声を集め、お互いに助けあう優しい気持ちを持ち続けることが復興の一番の早道である。

電車でご老人に席をゆずる若者を見た。新聞を広げて他の乗客に迷惑をかけるような人を見なくなった。目の悪い方を誘導してあげている高校生がいた。日本人の絆は、小さい積み重ねではあるが、徐々にその結びつきを確実な強さに変えつつある。

「変化」を受入れ、対応する力を身につければ、日本という国は再生ができる。重要なのは、今日からその行動をひとり一人が始めることだと思う。




ここに引用させてもらった記事を、素人ながら見させてもらって、いろいろ考える機会ができたことは、自分にとっては不謹慎ながらありがたいことなのだと想っています。
後はこういう貴重な意見をどう活用できるか・・・がんばらなきゃ。








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2011.04.30 Sat l 仕事的な情報 l コメント (0) トラックバック (0) l top
リーダーシップについて、以前(大震災前)に書いた記事があります。
今回の震災で、四の五の言っても、やっぱりリーダーシップというものの意義を
まざまざと見せ付けられた気がします。

今回、様々な理由で自分の職制以上の会議体に参加する羽目になりましたが、
当事者意識の無い人の多さに愕然としたり、まさに下記に引用いたしますように、
「3つの選択肢」を真面目に考え、リスクアセスメントし、実行・誘導する人が
いったい何人いるのか・・・という気になりました。

今回引用させていただく記事は、数多く流れる情報の中のひとつかもしれませんが、
やはり企画という仕事と責任において、リーダーシップを発揮するリーダーのための道筋を
きちんとつける意識を持つ重要性を痛感いたしました。

とあるブログで、銀河英雄伝説というSF小説になぞらえて、平時・有事の際の立ち振る舞いについて書かれている方がいらっしゃいました。とても共感しました。(引用できるものならしたいくらいですが・・)


有事の際にリーダーシップを発揮できる人が、回りに何人いらっしゃいますか?


危機におけるトップのリーダーシップ・・非常時にリーダーはどう振る舞うべきか
早稲田大学ビジネススクール教授:内田和成
配信元:ダイヤモンドオンライン

 今回の大震災を契機に、危機におけるトップのリーダーシップについて考えてみた。

 その要諦は、

(1)現状の問題(目の前の問題)を解決する、併せて
(2)その先を見据えた手を打っておく

 に尽きるが、これがなかなか難しい。
 
 
この人なら町を再生できると感じさせるもの

 3月21日付の朝日新聞に掲載されていた南三陸町の佐藤仁町長のインタビュー記事には、今の緊急事態をどうしたら良いかについてこう書かれている。

 たとえば「物資はいくらあってもいい」とか、あるいは「避難所にいる人だけが困っているわけではなく、幸い自宅が無事で自宅にいられる人間も買い物に行けずに困っている点では避難民であるから保護する必要がある。そういう人に物資や食料が行くように配慮しないとだめである」。しかし、こうした受け答えは、ちょっと優れたリーダーなら出来るだろう。この後に言っていることがふるっている。

「ありがたいのは避難所ごとに自治組織が出来、そこでそれぞれのリーダーがいて自主的に行動してくれている。役所はそのサポート役で良い。これまで行政ではなく、住民全体で街作りをしてきたのでこういう人たちがうまくやってくれている」。これまで、彼がどんなリーダーシップを発揮してきたかが窺われる内容である。

 さらには「町の再生は難しい。それは津波に流された更地をもう一度区画整理しても、もう低地にすむのが嫌だと言って、そこに人が戻ってこなければ町は再生しない。道路や建物、インフラなどのハードの部分はお金をかければやれます。でも、こういう災害を受けて、なお、ここに住むかどうかという心の問題は、私たちではどうしようもないところがあります」、「町外、県外に出ようとする住民も出てくる。その受け入れ先も探さないといけない」。
 自分の町を出て行く人の世話まで見るというのは結構つらい話だが、彼はそれを自分の仕事として受け止めている。日本のリーダーは、日本には将来がないと出て行ってしまう人まで考えた国作りをやっているのだろかと、ふと思う。

 このように緊急時にあって、将来を見据えたことを考えられるリーダーはそうはいない。普通は目の前に起きたことにどう対処するかに精一杯で、後先考えずに行動してしまうからだ。

「起きてしまったことはしょうがない。この現実からは逃れられません。でも、後ろは向きたくない。私が前を見なかったら、町民の皆さんも前を見られない。前を見るしかないんです」と、インタビューを締めくくっている。感動したと同時に、彼がいるのなら、南三陸町は再生できると信じた。

さらなる悲劇を避けるための戦時のリーダーシップ

 この南三陸町の事例からもわかるように、危機それも単なる危機ではなく、人命に関わる、あるいは組織存亡の非常事態が生じたときに、リーダーがなすべきことは二つだ。まずは目の前の危機の解決、次にそれを解決したとして、その次にやって来る国(地方)や組織がどうあるべきかの青写真を描いておくことである。

 今回の大震災を振り返ってみても、まず最初に被害状況が把握できないことには何も始まらない。ところが、すべてが把握できてから動き出しては遅い。そのため、一報を受けた段階でいくつかのシナリオを想定し、どのシナリオにも通用する手は打っておくに越したことはない。その上で、まず見えているところから手を打ち始める。

 今回の震災で言えば、通信網が確保できて、道路が確保できるところには自衛隊車両や救援隊が送られる。一方でヘリコプターなどを使って、現状を把握すると同時に、助けられる人間を救助していく。
 
 しかし、いくらヘリコプターを飛ばしても、救える命に限りがあること、あるいはもう手遅れになっている地域があることもわかってくる。そうした刻一刻と変化する状況に応じて、リーダーは打ち手を変えていく必要があり、机上で立てた作戦やシナリオ通りに物事が進むことはない。

 これが一番如実に表れたのが、福島第一原発の事故である。ほとんど毎日のように新しい問題が発生する。ここではそれが隠されていたのか、あるいは他にもっと良い手段があったのかと言うことは議論しない。非常時には、予想もしないことが次々と起こるということである。

 たとえば今回の例で言えば、建屋が水素爆発したときには、東電トップも枝野幸男官房長官も心臓が飛び出るくらいにびっくりしたに違いない。それでも、解決策を見いだして、次々に手を繰り出していかなければならない。

 戦時と一緒である。躊躇したり、大きな間違えを犯せば一巻の終わりだ。真水を入れるのにどんな手段があるのか、あるいは思い切って海水を入れるべきか、どの原子炉を優先して処理すべきか、あるいは多少の空気を汚染させても原子炉の圧力容器爆発を防ぐべきか、などクリティカルな意思決定を次から次へと求められる。

 要するに目の前の火の粉を払わねばならないのだが、一つ鎮火すれば、また一つ新たな火種が生じ、それを消火していくことになる。問題を把握し、当面の解決策をとる。するとそれは収まってもまた新たな問題が発生し、それを解決していくという「もぐら叩き」を繰り返すわけだ。

 しかし、残念ながらこの作業を繰り返したところで、当面の課題が解決するだけで、国土の再生や経済の復活につながるわけではない。要は将来につながらないが、避けて通るとさらなる悲劇に見舞われるという難しい状況だ。まさに戦時のリーダーシップが求められる。

目の前の課題解決の先にある三つの選択肢

 一方で、リーダーとしては目の前の問題解決だけでなく、それを解決した先に何があるのかを見据えて、その将来像を描くという仕事が残っている。

 こういう大惨事に際して戦争を例に出すのは不謹慎かもしれないが、戦争で言えば、前者が軍人の仕事だ。戦いには勝たなくてはならない。負けは死を意味する。ところが、いくら戦に勝利しても国民に犠牲を強いすぎたり、経済が疲弊しすぎるようでは、国としての将来がない。そこを考えて国を導いていくのが後者になるわけだが、これは政治家の仕事だ。

 目の前の課題解決の先には何があるのかと言えば、大きく分けて3通りの選択肢あるいは可能性があると考えられる。

 1つは、今直面している課題を解決すれば、元の状態に戻るので、多少の時間と金は失われるが、また元の世界に戻るという楽観シナリオだ。ちょっとした災害程度であれば、これで済むかもしれないが、今回のような大震災ではあり得ないシナリオだろう。

 2つめは、元通りにはならないが、多少の傷跡あるいは損失は承知で、元のパラダイムに戻すというシナリオである。3つめは、せっかくの機会なのでゼロベースから新しい世界を作り直すというシナリオだ。一見3が良さそうだが、これには膨大な費用、すなわちお金がかかる上に、せっかく作った新しい仕組みがうまくいかないかもしれないリスクが存在する。

 この2と3のシナリオを今回の大震災に当てはめて考えてみると、たとえば津波被害に対して防潮堤を高くしたり、住宅地に高い建物を建てて避難所にするというのが2のシナリオで、もう低地には住まないという意思決定をして、高台に町ごと移す、あるいはよその地域に移住するというのが3のシナリオになる。しかし、これは第3者から見ると良い解に思えても、地元に住んでいる人から見れば難しい選択であろう。
 
 さらに、原子力発電について考えてみると、既にある原子力発電所の耐震構造を高めてより安全にするとか、津波を避ける仕掛けを厳重にするというのがシナリオ2になろう。一方で、原子力は危険だからと、すべての原子力発電所を廃止し、他の方式に切り替えるというのがシナリオ3になる。

 これも3の方が良さそうだが、現実には原子力に取って代わる電力源はそう簡単には手に入らず、かつ無理にやろうとすれば想像以上のコストがかかったり、不便を強いられるので、産業や国民生活は大打撃を受けることになる。

 これを決めるのは国のリーダーや地方の首長に他ならない。

 今回の大地震については、今起きている被害を最小にとどめ、被災者を救い、事態をどう収拾させていくかという目の前の問題解決は、枝野さんの仕事だろう。一方で、震災後の被災地あるいは東北地方太平洋沿岸、あるいは福島県の原子力発電所周辺をどうしていくのか、さらには日本のエネルギー政策や日本経済全体をどう立て直していくかを考える、すなわち問題解決後のビジョン作りは菅首相の仕事だろう。後者が全く見えてこないのは寂しい気がする。
  
目前の危機とその後の課題 二つのリーダーシップとは

 今回の話をまとめると以下のようになる。

 危機におけるリーダーシップで大事なことは、言うまでもなくまず今起きている火を消すことだ。これは言うのは簡単でも実際には難しい。福島原発を見れば、それはわかる。何が起きているかは把握できるのに、なかなか解決できない。
 
 しかし、もう一方で大事なことは、当面の問題を解決した後に何が起きるのか、その新しい課題をどう解決したら良いかの判断である。新しい組織や仕組みを作るにはビジョンが必要だ。それを見通す先見性が求められる。それなしに今起きている問題を解決しようとすると、後からこうしておけば良かったと悔やむことになる。

 私の個人的な意見としては、「危機は必ず来る」、あるいは「トラブルは防ぎようがない」。したがって、起きないようにすることに全力を注ぐのではなく、起きてしまった後にどうしたらよいのかを、あらかじめ想定しておくことが大事だ。

 これには「起きうるリスクはすべて想定して、対策を講じておくべきだ」という異論があることは百も承知だ。しかし、どんなに防止策を講じても、それを凌ぐ自然災害は起こるし、人災も起こる。また、防止策にはコストがかかる。

 それより、起こりうるリスクを想定して、起きた場合の対策の考えておけば、何も考えておかなかったよりは、はるかにましな対応が出来る。それが人間の優れている点だと思う。



もっと先を見なければなりません。
私は・・・楽観論者のつもりはありませんが「第三の選択」で進めていきたいと思います。
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2011.04.05 Tue l 仕事的な情報 l コメント (0) トラックバック (0) l top
単身赴任者が帰省しているとき、
概ね、飲みに出ているってのは如何なものか・・・と思いつつ、
今日も飲みに行ってしまい、帰宅がこんな時間。
まぁ、許していただける寛容な家族に感謝・・・

先日、クラウドに関する記事を書いてみましたが、
みずほ銀行の不具合問題の記事をいろいろ見ているなかで、
面白い記事にたどり着きました。

杞憂?クラウドで展開されるシステムの障害が企業活動の息の根を止めたりしない?
配信元:オルタナティブ・ブログ

私ごときが言う話じゃないとは思うのですが、たとえば何であれ関係者が増えてくると当然その間の連携というのは難しくなります。それでもモノゴトをある程度分散させる事を決意した時点で、誰かがその全体調整をする必要があります。あるいは全体が複雑さを増せば増すほど全体調整という機能に対する負荷が上がります。

いわば、統括ディレクターが必要になるわけですが、なんだか諸々の動きを見るにつけ、本当に大丈夫なのかなぁ?と言う気持ちが時々沸いて来ます。現状私は厳密にはIT業界の人ではありませんので、現在の色んなサービスやら何やらの提案活動、開発、そして運用の本当のところを理解しているわけではありません。ただ、自分の仕事の範囲から見てもちょっと大丈夫?見たいなところが見えることがあって・・・

想定外の状況は必ず起きる。問題はあわてずに対処できる訓練を受けているか

自分が今でも時々関わる展示会やセミナーを含めたイベント事の場合、事前の準備というのは基本的な流れを全部運営マニュアルに落とし込み、現場で必要とされるリソースを全て事前に用意し、それらがキチンと機能するかどうかを検証するという部分が非常に大きなウェイトを占めます。その中で例外対応として考えられるものは全て明文化し、現場に入ればそれぞれの持ち場がマニュアルに従って基本的な運営、そして想定される例外事項への対応を行うのですが、もちろん例外の例外が起きることは稀ではありません。そうなると、どういうパスでエスカレーションし、誰がどの時点でどういう判断をするかというのを決めます。

上手く行って当然。
でも、想定できる限りの例外は想定しておく。
でもでも、本当に例外の例外が起きたときの判断レベルはキチンと規定しておく。

状況にもよると思いますが、基本的な考え方はイベントの種類や規模の大小に関わらず同じだと考えていますし、実際にそういう風に信じるに足るだけの経験はしてきたつもりです。とはいえ、100個の例外を考えていても101個目の例外が出るのが本番です。

で、此処で大事なのは、何があっても現場の基本的な運用を止めず、全体への影響を最小限にしながらも迅速にトラブルに対処するということ。

更にそれだけではなく、実はスタッフの全員が「想定外の事態は起きるものだ」という心構えだったりします。そこが共有でき、かつ実際にそういう修羅場をくぐったスタッフがいる現場っていうのは、何が起きても絶対に大丈夫、という安心感があるものです。

ただ、規模の大きさや広がりによっては収拾がつきにくくなる場合もあるわけで

これは当然です。ある一定の許容範囲以上に連絡経路が増え、連絡のためのパスが長くなるとどうしても収拾が付かなくなりがちです。これは組織論の基本ですが、それでもどうやって全体を機能させるか。これが問題。

これをどうやってマネージするかはそれぞれの組織体が決める事ですが、余りに強引とは言え、この辺りの事情を社外のクラウドに色んなアプリケーションを分散させるような環境に当て嵌めた場合、何が起きるんだろうなぁ?と色々と考えたりします。

もちろんそれぞれのサービスプロバイダーが万全の障害対策をやっていますから大丈夫ですよと言うのは当たり前だと思いますが、それでも障害が起きたときにどうするのかといった話をする、そういった資料を公表している提供元ってどれくらいあるんだろうか?と思ったり。

あるいは、ユーザー側としても社外のリソースが障害を起こして利用不能になり、たとえばそれがある一定の期間継続してしまうような状況に陥ったときにリカバリーできる手段を検討し、かつそれを訓練してるのかとか思ったり。

クラウドに限った話ではないですから当たり前なのですけれど

たとえば情報処理のためのリソースを全部中で持つという、ある意味伝統的な情報処理環境であっても、大規模な障害が起きると当然何かしらの影響は出るわけです。で、その障害に対応するためにどの程度の対策を普段から行い、たとえば障害発生時の縮退運転などにおける運用訓練とか、バックアップからデータをリロードしてアプリケーションが最終的に復活するまでの一連の流れを、机上のシミュレーションだけではなく実際に訓練として定期的に実施しているケースってどれくらいあるのだろうかとか・・・

で、この辺りの極端な例で言うと、日本時間の4月6日にスペースシャトルが上がりましたが、たとえばコレを打ち上げるためのプロジェクトの中で非常に多くのプレイヤーが役割を果たしているわけですよね。クルーの乗船は数年前から決まり、個々のクルーは本来持つミッションとは別にありとあらゆる事態に対処できる訓練を受けるわけです。そしてその多くが「好ましくない状況が起きたときの対応」を目的としているという話は色んなところで紹介されています。

非常に規模の大きな複雑なシステムは必ずそこらじゅうに脆弱性を抱えているわけで、全体が完全に動いている状況を前提としつつ、何が起きても対処できる状況がないと、最終的には地上に戻って来れないという、本気でクリティカルなミッションな訳ですよね。

これは余りにも特殊な例かもしれませんが、それでも何かが起きるのを前提として備えるという基本的な考え方自体はあらゆることに応用されるべきなんじゃないかとは思います。もちろん「そんなのお前に言われる筋合いのものじゃねぇよ」と言うお話があれば、それはそれで正しいのですが。

トラブルが起きないための最大限の対策、ではなくトラブルは起きるという前提での運用継続対策

BCPというカテゴリーにおいての運用継続(というかこれは事業継続ですが)というコトは良く語られると思います。ただ、システムはダウンするものだという前提でどれほどのものが現在利用されているのか、運用されているのか、そして実際にはダウンするんだけれどユーザー向けのサービスを可能な限り(実はココが大事ですが)止めないための実際の訓練を含めた対策をやっているのか。

このあたりの情報で言うと、たとえばGoogleのセンターは山のようにあるサーバーが非常に特殊なOSで動いてるわけですが、落ちるときは落ちるんで、そのときは裏側でどこか別の空いているリソースに切り替えて後で修理するんですよという主旨のインタビュー記事を見たことがあります。

もちろんそんなのGoogleしかできないよって話もあるでしょうし、いや、Googleとは違うアプローチでやっているのだよって話もあるんだとは思います。たとえば実際私が勤務する通信事業者の場合、もちろんいろんな事は起きるのですが、それでも最大限ユーザー向けのサービスは継続できるような仕組みがあり、運用体制から何からがあるのが基本だったりはします。

ふむ、でも、実際にはどうなんだろう?万全の障害対策に関する資料は幾つも見たことがありますが、障害対応状況などについて公表しているところってあるのかな?あるしても、どれくらいあるのかな?どんな情報を公表してるのかな?これが公表されちゃうと、それぞれのスキルレベルまでわかっちゃいそうですが・・・ あるいはそれがあればプロバイダーごとに格付けとか出来そうだけれど・・・



まぁ、いずれにしても現在は純粋IT業界の部分についてはシロウトも同然だし、例えが変なのも重々承知。ということで何だか各方面に対しては大変申し訳ないのですが、ちょっとだけそんな事を考えてみたりしています。



これは2010/04/08の記事。
一見あたりまえの様な感じも受けますが、当たり前のようでリスク管理の原点が明快に書かれていると思い、引用させていただきました。

みずほの話にしても、原発の話にしても、一生懸命考えていても想定外のことが起きる。
それを踏まえたうえで、どうするかを考えるべきなんでしょうね。

地震の際のマニュアル・・・今回の地震でどれだけのマニュアルが役に立ったでしょうか。
1000年に一度、されど1000年に一度。
今回の地震は、日本に大きな「きっかけ」を作ってくれた・・・という解釈をしてはダメですか?


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2011.03.26 Sat l IT的な情報 l コメント (0) トラックバック (0) l top
今日は久々に早く帰宅。
録り溜めたドラマを見ようと思いつつ、パソコン立ち上げてニュースを見ていたら、
何とも目を引く記事がたくさん。
とりあえずlogしておかねば・・

まず一つ目。ダイアモンド社のリスク管理の記事から。
ずいぶんとアラブの方が騒がしい昨今、原油価格に左右される会社は「すましていられない」状況です。
Facebookがよく出てきますね。しかも先日映画で「ソーシャルネットワーク」が公開されたばかり。
そんな昨今、目にとまった話です。非常に興味深い内容で引用させて頂きました。

リスク管理に携わっている方々、ご注意を・・


それはフェイスブックから始まった――
過剰な社内反応が火に油
ネット上で形成された民意が
一大脅威となって企業を襲う!!

from DIAMOND ONLINE

それはフェイスブックから始まった!

 上場企業の食品会社Cに勤めるAは、最近話題のフェイスブックのヘビーユーザーである。フェイスブックは他のSNSと違い、本名を登録することが前提となっているが、これまでAは趣味の骨董を話題として、色々な人々と交流を深めてきた。

 その中には学生、会社員、主婦、弁護士からタクシー運転手まで多くの仲間がいて、お互いの知識や骨董品についてSNSを通じて紹介しあっていた。知らないうちに仲間が増え、その数は300人を超えていた。

 今年に入り、Aの勤める食品会社Cは、継続する経済的不況と海外企業の進出のあおりを受けて、急激に業績を悪化させていた。早期退職などを会社が検討し始めており、Aにも肩たたきがはじまった。まさか30代の自分にリストラの話がくるとは寝耳に水だった。

 これまでまじめに仕事に打ち込んできたつもりが、この仕打ちはどうしたことか? 自分よりも先にたたかれるべき問題児はいくらでもいるはずだ。そう思うとこらえきれない怒りにも似た気持ちが、ふつふつと湧いてきた。

 勢いにまかせて社内の残業問題や職場環境の危機的状況をフェイスブックに書き込んだ。それを閲覧した同僚で友人でもあるXが、今度はその内容についてツイッターでつぶやいたところ、意外にも話題となり、あちこちでつぶやかれることになった。これが予想もつかないネットにおける風評連鎖の始まりとなってしまう。
 
 
過剰な社内対応がさらに大きな火種に!

 食品会社Cでは人事部スタッフが、採用予定者や従業員の登録したフェイスブックやツイッター等を常日頃から照会し、当人の未熟な面などを分析して採用を見合わせたり、不正行動がないかどうかについて素行の監視を行っている。
  そんな折、人事部スタッフが偶然ツイッターでのXのつぶやきを知り、上司に伝えたところ大問題となった。経営層はこの問題を大きく取り上げ、最初に社内の機密情報を提供したAの懲戒解雇を決定し、人事部へ指示した。

 Aはこの結果を聞き愕然とする。Aからしてみれば、そのような結果になるとは思ってもみなかったが、フェイスブックに記載したことが、自分の運命を大きく変えることになってしまった。

 Aはこの結果を受けて、やぶれかぶれになり、さらに自分に起こった数々の不幸な出来事をフェイスブックやツイッターに書き記していった。そんな中、フェイスブックで知り合った骨董仲間の弁護士から連絡を受ける。


 
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2011.03.07 Mon l IT的な情報 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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